ハイヒールの音

友人の体験談です。

当時彼は地元の商社に勤めるサラリーマンだったのですが、これはある夜、彼が一人会社に残り遅くまで仕事をしていた時の話。

その日彼は珍しく時間も忘れ仕事に没頭していました。
時刻は既に深夜に差し掛かろうとしていた。
流石に遅いしもう帰るか、と彼はデスク周りを整理し、退社をする身支度を整えていたんですが、ふと気付くと、部屋の外の廊下から何やら足音が聞こえてきたんです。

「コツコツ・・・コツ・・・コツ・・・」

足フェチの彼はとっさにそれがハイヒールの踵を踏み鳴らす音だと感じたそうです。

それはゆっくりと、足音を響かせながら廊下を移動しています。

「こんな時間に誰かな?」

時刻は深夜0時を少し過ぎた頃、会社には警備員などはおらず、小さな三階建てのビル内全フロアは会社のもので社員は自分以外全て退社したはずです。
仮に誰か残っていたにしても、今まで気付かなかったはずはありません。
誰かが用事を足す為に訪ねたにしても時間的にかなり無理があります。

しかも足音は何処かの部屋に入るでもなく、廊下を行ったり来たり。

「何か気味が悪いな・・・」

少し恐怖を感じた彼は、デスクに置いた鞄に手を掛けたまま、じっと息を潜めていました。

数十分程経って、気付くと足音は聞こえなくなっていたそうです。

ずっと耳を澄ませていたのに、不思議だ・・・。
居なくなったのか?何処かの部屋に入ったか?下の階に行ったのか?

あれこれ考察するも、部屋の外の見えない光景に答えを求めることなど無意味だと悟り、また何より時間が時間です。
流石に残業疲れもピークに達し、早々に帰って床に就きたいと思っていた彼は、意を決して廊下に出る為のドアを開けました。

ガチャ・・・!!ニィィイ・・・

何のことはありませんでした。
目の前には暗く不気味な静寂に包まれている以外はいつも通りの見慣れた廊下が伸びているだけでした。

彼の会社は古い三階建ての鉄筋ビルで、彼が居るフロアは三階。
どの階も廊下の造りは同じエの字型をしていました。
平行に並ぶ直線廊下を結ぶ廊下の先にはエレベーターがあり、そのエレベーターの対角線上には大きな窓が一つ付いていました。

その唯一の窓から差し込む外の光がエレベーターに向かう彼の足元を薄暗く照らします。

彼は自身の足元だけを見ながらエレベーターに向かい歩いていました。

すると、彼の前に伸びる自身の影に、何者かの影が重なったのです。

彼は反射的に振り向きました。

彼の目の前、数メートル先に女が立っていました。

白いシャツに白いスカートを着ていて、頭と両手は脱力したようにうなだれ、長い黒髪が顔を覆い隠していました。
それが「コツ・・・コツ・・・」と、ゆっくりとこちらに向かってきたそうです。

まさか、◯◯さん・・・?

異質な光景に、内心走ってエレベーターに駆け込みたい気持ちを抑え、変に驚いては失礼になるかもしれないと、律儀にも彼は問掛けました。

「どうか・・・しましたか?」

女はその問掛けには答えませんでしたが、次の瞬間、数メートル先に居たはずの女は消えて居なくなったそうです。

それは本当に一瞬で、彼は驚くと言うより、今何が起こったのかすら全く理解出来なかったそうです。

すると「コツ・・・コツ・・・コツ・・・」と、廊下の向こう側からまたあの足音が聞こえてきました

その瞬間、理解するよりも恐怖を先に感じた彼は急いでエレベーターのボタンを押し、中に入ると、一階へのボタンを押し扉を閉めました。

なんなんだよ・・・。

全フロアには自分以外誰も居ません。
当然エレベーターはそのまま一階へ行くはず
なのに、エレベーターは何故か二階で止まったのです

おいぃぃ・・・!!

困惑と恐怖の連鎖で泣き出しそうになる彼に対し、目の前のエレベーターのドアは、あまりにも無慈悲にその口を開きました。

目の前には上の階と同じように廊下が伸び、その先には大きな窓が付いています。

大きな窓が、いや、違う・・・!!

彼は恐怖で声も出ず、全身の力が抜けたように床に腰を落としたそうです。

大きな窓があるはずのそこには、大きな女の顔があったそうです。

廊下の床から天井一面に薄気味笑いを浮かべた白く大きな女の顔があったのです。

やめてくれやめてくれ・・・。

声も出ず、金縛りにあったように顔を背けることも出来ず、彼はその大きな女の顔を見ていました。

エレベーターのドアが、ゆっくり閉まり始めます。
すると、廊下の女が薄気味笑いを浮かべたまま、笑い声をあげて彼を見送ったそうです。

そのままエレベーターは一階へ着き、ドアが開くとそこには玄関ロビーと外へ通じる扉がありました。
彼は力の抜けた体を起こし、駆け足で扉に向かい外へ出ました。

それから一月後、彼はこのことをきっかけに会社を辞めたそうです。

「引き継ぎの関係上仕方なかったけど本当は早く辞めたかった」と彼は苦笑いして言ってました。

あの女のことはそれっきりで、結局今でも何だったのか分からず仕舞いだそうです。

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