死体洗いのバイトの不思議

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

高収入のバイト俺の大学は埼玉だったんだが、その日は授業さぼって一人で新宿をふらふらしていた。
とくに行くあてはなかったんだけどね。
歩くにも疲れたんで、歩道の端にあるガードレールに腰掛けていたとき、男が声を掛けてきた。

「暇ですか?」ってね。
もちろん怪しいと思ったよ。
で、とっさに「友達待ってるところだ」と言ったんだよ。

そしたら、その男は「ちょっとバイトやってくれないか?」と言ってきた。
はぁ?って感じだよね。
絶対怪しいのは分かってたけど。
気が弱い俺は即断るのをためらって、「何のバイトですか?」と聞いてしまった。

「大きな声じゃ言えないんだけど・・・」と男は前置きした後、ゆっくり顔を近づけて「死体洗いって知ってるよね?」と聞いてきた。
はい、知っていますとも。
だけど本当にあるわけ無いじゃない。
誰だってそう思うよね。

でも気が弱い俺は「はぁ」と相槌を打ってしまったんだ。

「そのバイト、やってくれないかな?」

やばいのに捕まったな。
心底俺はそう思ったよ。

「でも、友達待ってるんで」

「いや、今すぐじゃないんだよ。今週の土曜日だから」と言って、一枚の名刺を差し出した。

「バイト料は2万円でるから。2~3時間で終わるからいい報酬でしょ。じゃ、来れるかどうか今日中に連絡くださいね」

名刺の裏には地図が書いてあった。

怪しいのは十分に分かっていたが、懐具合が俺を決断させた。
家に帰ると早速電話をした。

「もしもし・・・」出たのはあの男だった。

「あの、アルバイトのことで・・・」
「来る気になったんだね。場所は名刺の裏に書いてあるはずだから分かるよね」
「はい。履歴書とかはいいんですか?」
「長くやってもらうわけじゃないから要らないよ。名前だけ聞かせてね」

土曜日の昼下がり、俺はその場所に行った。
6階建てのビルの3階だった。
ドアを開けると一人の男が出てきた。
あの男じゃなかったので躊躇していると、「××さんでしょ?◯◯(例の男の名)から聞いてるよ」
「はい、そうです。よろしくお願いします」

俺の挨拶が終わるか終わらないうちに「じゃあ、ちょっとこっち来てよ」と男はエレベーターに向かって歩き出した。
着いたところはビルの地下室だった。

「これに着替えてね」男は白衣とエプロンを棚から取り出した。
ゴム製のごっついエプロンだった。
着替え終わると「これもつけてね」と帽子とゴム手袋を渡された。
仕切りの向こうに「もの」はあった。
男は自分もゴム手をはめてシートをめくった。

・・・見慣れてるのか平然としているものである。

「こうやるんだよ」と男はエタノールを脱脂綿に含ませて「もの」を拭き始めた。
俺も真似してやってみた。

「そうそう、それでいいんだ。じゃあ終ったら3階に来てね。今着ているものはここの籠に入れておいてくれればいいから」

男は手袋を外すと籠に入れ、そこから立ち去った。

確かに恐ろしかったよ。
でもなんとかやった。

「元人間」だと思わないように自分に言い聞かせてね。
でも傷の多い「もの」だったな。

俺は簡単に後片付けを済ませると急いで3階へと上った。
ドアを開けるとさっきの男が出てきて「終ったのか?」と聞いた。

「一応・・・」
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」俺を椅子に座らせると男は出て行った。
戻ってきた男は「うん、上出来だ」と言って、机の引き出しから封筒を取り出した。

大学の近くで独り暮らしをしている友達のアパートに遊びに行ったとき、俺はその話をしたんだ。
友達は「俺にも紹介しろ」といって聞かず、俺は財布にしまってあった名刺を取り出し、そこに電話してみた。
でも、電話は通じない。
呼び出し音はしているのだが、全然出る気配がないんだ。

「じゃあ、そこに行ってみるか」というんで、俺と友達はのこのこと出かけていった。
そして、例のビルに着いて3階へ上がる。
ドアを開けて「ごめんください」と挨拶した。
出てきたのは女性だった。

「あの、アルバイトのことできたんですが」
「はぁ?」女性は合点が行かないようで「ちょっと待っててください」と奥に行った。
代わりに男が出てきて、開口一番「うちはアルバイトは募集してないよ」

俺は先週の土曜日にやったことを説明してみたが、男は憮然として「あのね、うちはね、法律事務所なの。バカなこといっちゃいけないよ。土曜日は原則として休みだしね」

そして、そっけなくドアを閉めた。
確かにドアには「××行政書士」と書いてあった。

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