お守りババアというキチガイ

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

地元のキチガイの話。

オレが小学生だった頃、地元に有名なキチガイババアがいた。
あだ名は『お守りババア』。

お守りババアは俺が通っていた小学校の正門前に、夕方頃になるといつも立っていた。
お守りババアは一年中厚手のコートを着ていて、同じくいつも被っているフェルトの帽子には、沢山の小さなぬいぐるみが縫い付けてあった。
コートも帽子も原色まんまの赤一色で、教室から校門を見ただけで、一目でお守りババアがいる事が分かった。
お守りババアはいつも両手を体の脇にぴたりとつけた気をつけの姿勢で、その姿勢を崩す事は決してなかった。
いつから入浴をしていないのか、お守りババアの周りにはいつもアンモニア臭がきつく漂っていた。

そんなお守りババアがお守りババアと言われるゆえんは、「お守り作ったけ、貰ってくんろ」と通りかかった小学生に声をかけてくる事からだった。

高学年や親にお守りババアの事を話しても、「いいから気にしないで無視して関わるな」と誰もが言われていた。
単純に不気味だったからと言う事もあったが、そのせいで殆どの子がお守りババアを無視して日々を過ごしていた。

そんなある日、オレの学年に転校生がきた。
そいつは初日から鼻息が荒く、意地っ張りで向こう見ずな奴だった。
今思えば、転校生だからとナメられたくなかったのだと思うが、そいつはいろんな事に直ぐ張り合ってくる奴だった。

「なあ、夕方に校門前にいるおばさんなんなの?」

そいつが転校してきて何日か過ぎた後、オレのグループが昼休みに校庭で遊んでいると、突然転校生がオレのグループに声をかけてきた。
どちらかというとおとなしい子が多かったオレの学年の中で、オレのグループはやややんちゃな奴が集まり、良くも悪くも学年の話題の中心にオレ達のグループはいた。

今思えば、友達がまだ出来ていなかった転校生は、オレ達のグループと仲良くなれば早く学年にになじめると思ったのだろう。
オレ達は突然の乱入者に戸惑いながらも、お守りババアのことを転校生に教えた。
初めは真面目な顔をしていた転校生だったが、オレ達が腫れ物を触るようにお守りババアの事を話す様子を見てか、徐々にオレ達のグループにかみつき始めた。

「臆病だな。オレはそんなババア怖くも何ともないよ」

こちらを蔑むように言う転校生にだんだん腹が立ってきたオレ達は、じゃあ、とお守りババアからお守りを貰ってきたらオレ達のグループに入れてやると意地の悪い事を転校生に言った。
初めは何のかんのいって断ろうとする転校生を、オレ達も悪のりし始て、貰ってこなかったらお前が実は臆病な奴だと言いふらすと言ってしまった。

そうしてその日の放課後、転校生は後ろから煽るオレ達に追われるようにして、お守りババアに近づいていった。

お守りババアはその日も校門から出てくる子供達に、「お守り作ったけ、もらってくんろ」と、なんどもなんども同じ調子で繰り返していた。
転校生は時折泣き出しそうな顔でこちらを振り向いていたが、腕組みをしてニヤニヤと笑いながら見ているオレ達の様子を見て覚悟を決めたのか、早足でお守りババアの前に進んでいった。

「お守りください!」

うわずった声で怒鳴るようにお守りババアに声をかけた転校生の方を、お守りババアはゆっくりと向いた。

「手作りだっけ、大切にしてくんろ」

そういうと、お守りババアは帽子を手に取り、その中からフェルトで縫った赤いお守りを取り出して転校生の前に突きだした。

転校生は何度か躊躇した後、奪い取るようにお守りを受け取ると、オレ達の方に駆け寄ってきた。
汗を浮かべて青ざめた顔の転校生にオレ達は何も言えず、ただ呆然と転校生の顔を見つめていた。

「ありがとな。大切にしてくんろ。ありがとな。大切にしてくんろ、ありがとな。大切にしてくんろ。ありがとな。大切にしてくんろ。ありがとな。大切にしてくんろ」

呆然としているオレ達の前で、突然お守りババアが同じ台詞を大声で繰り返し始めた。
オレ達は突然物すごく怖くなり、叫びながら裏門に向かって全速力で走ってその場を後にした。

裏門のある校舎裏に逃げ込んだオレ達は、息を切らしたまま、汗だくで引きつったお互いの顔をじっと見つめていた。
しばらくして恐怖感が薄れると、思わず吹き出してしまい、オレ達は腹を抱えて笑いあった。
そこには当然、その日の主役の転校生もまじっていた。

「なあ、お守り開けてみようぜ」

誰が言い出したのか覚えていないが、逃げ出すほどの恐怖感を味わった反動なのか、逆に妙な興奮状態になっていたオレ達は転校生の手に握られたお守りを囲うように身を寄せ合うと、ニヤニヤしながらお守りのヒモを緩めて中身を取り出した。

お守りの中には、一枚の紙が入っていた。

『この子が早く死んで、敬子とあの世で遊んでくれますように』

『敬子が好きな事』
『①折り紙』
『②一輪車』
『③縄跳び』

『敬子が好きだった赤色になるように、血まみれでこの子が死にますように』

さっきまでの興奮状態は直ぐに引き、逆に鳥肌が全身に立った。
その紙を取り出した転校生はぶるぶる震えだし、紙を凝視したままぼろぼろ涙をこぼし始めた。
オレ達はそんな転校生の様子を見ても何も言えず、ただ同じように紙を凝視していた。

すると突然、転校生が誰かに強く髪を引っ張られ、校舎裏の地面に引き摺り倒された。
振り向くと、そこに鬼のような形相をしたお守りババアが、転校生の髪を掴んでオレ達の後ろに立っていた。

「大切にしてくんろぉ!!大切にしてくんろぉ!!大切にしてくんろぉ!!」

お守りババアは転校生の髪を掴んだまま腕を振り回し、転校生は恐怖で口から泡を吹きながら、髪を掴んでいるお守りババアの手にしがみついていた。

パニックになったオレ達は何度もゴメンナサイ!と叫びながら、転校生を振り回すお守りババアを止めようと、アンモニア臭がきついお守りババアの体に泣きながらしがみついた。

やがて騒ぎを聞きつけた先生達が駆けつけ、お守りババアは先生達に取り押さえられた後、警察に引き渡されていった。

事情を聞くために警察署に言ったオレ達は、しゃくり上げるほど泣きながら、その日の出来事を警察官に隠さず喋った。
オレ達を迎えにきた母親達は、オレ達が無事である事にほっとすると、何度も平手で頭を叩いてきた。

「だから関わるなって言ったでしょうが!」

涙を流しながら頭を叩いてくる母親を見て、オレ達は調子に乗って転校生をたきつけた事を後悔した。

その日の夜、帰宅した父親にオレはコブが出来るほどきつく拳骨を食らい、この事件の事もお守りババアの事も、二度と口にしないようきつく約束させられた。
翌朝会ったグループの友人達もコブが出来ていたり青タンを作っていたりしており、皆一言も昨日の事件について話そうとしなかったので、どこの家も同じような状況だったのだろう。

そしてその日以来、転校生は学校に来なくなった。

事件から一週間ほど過ぎた後、オレ達は担任の先生に呼び出され、転校生をイジメただろうと問い詰められた。
オレ達は否定したが、その日、転校生の親が学校に乗り込み、転校生がイジメが原因でおかしくなってしまったと騒ぎ立てたらしい。
そうしてオレ達の親は学校に呼び出され、当事者の親たち同士の話し合いの末、結構な額の慰謝料を転校生の親にオレ達の親は支払った。
慰謝料が支払われると、転校生は再び転校していった。
お守りババアも、その後二度と校門の前に現れる事はなかった。

結局、名前すらおぼえてあげられないまま転校した彼がどうなったのかも、お守りババアが何故あんなものを配ろうとしていたのかも、オレは今も知るよしもない。

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