判別ができないほど損傷

カテゴリー「心霊・幽霊」

俺の職場には仲の良い先輩がいた。
二人で飯を食いに行ったり飲みに言ったりするような仲だ。

ある時、俺は先輩と連絡先を交換する。
仕事帰りにではなく、たまには休日に飲もうという話になったからだ。

先輩が携帯の番号を聞いてくるので、俺がそれを教えると、先輩は俺に電話をかけてすぐに切る。
赤外線で送ればいいのにと俺が言うと、先輩は機械音痴であることを話して笑っていた。

土曜の夜、待ち合わせ場所の神田駅に早めに着いた俺は、先輩に電話する。
携帯には通話中の文字が見えていたのだが、先輩を呼んでも応答がない。

電波が悪いと相手の声が聞こえないということが多々ある。
俺は連絡をあきらめて改札口の前で待つ。

しばらくして先輩の姿を見つけた俺は落ち合って終電ギリギリまで一緒に飲んだ。
へべれけに酔っ払った俺は駅のホームで寝てしまって終電を逃し、公園で夜を明かすという醜態を晒して翌朝に帰宅することになる。

アパートに帰った俺は水を飲み、昨日の酒が残る不快さの中すぐに寝てしまった。

そして、俺が次に目覚めたのは昼前頃だった。
携帯の着信音が俺を起こした要因だ。
携帯の画面には先輩の名前が表示されている。

俺:「ああ、先輩、お疲れ様です」

俺は寝ボケと二日酔いの気だるさの中、上ずった声で電話に出る。
しかし先輩は無言だ。
携帯の機能のおかげで環境音すら聞こえない。
肉声に近い音しかひろわないのだ。
確かノイズキャンセラとかいうやつだ。

俺:「どうしたんですか先輩?」

先輩??:「・・・・・・ァ・・・・・・・・・・・・」

耳を澄ましてやっと聞こえるくらいの、こすれたうめき声が電話先から聞こえてくる。
俺は何だか気味が悪くなってきて、眠気も酔いも覚めてしまう。

先輩??:「あ・・・・・・ああ。あああ。ああ゛ああああ゛あああああrkrrrkrrrrrkr」

その時、電話先から轟音と共に男の濁った絶叫が響く。
最後のほうは声になっていなくて、湿気を帯びたうがいの時のような音になっていた。

「rrrrkrrrrrrrrrrrrrrkrrrrrrrrrrrrkr」

喉元で唾液を震わせる耳障りな音に耐えかねて、俺は電話を切ってしまう。

先輩の身に何が起きているのか?
何か、事件に巻き込まれたのか?不安がつのる。
でも、俺には電話をかけ直す勇気がなく・・・臆病風に吹かれて、終日身を強張らせていた。

後日、俺は朝早くに出社して先輩を待つ。
もし来なかったら、と不安になっていたが先輩はちゃんと来た。
俺は安堵に胸をなで下ろす。

俺:「先輩。心配しましたよ。昨日変な電話がかかってきたから」

しかし俺の言葉に先輩は首をかしげる。

先輩:「なんのこと?」

先輩は全く心当たりのない体を装うが、俺は食い下がる。

俺:「見てくださいよ。ほら、着信履歴に先輩の名前が残っているじゃないですか」

先輩:「本当だ、おかしいな。俺はまだ一度もお前に電話をかけていないはずなんだけど」

先輩が嘘を言っているようには見えなかった。
でも、履歴が残っている以上、昨日先輩の携帯から電話がかかってきたことは揺るぎのない事実だ。
もしかしたら、他の誰かが先輩の携帯を使って俺にイタズラをしたのかもしれない。

先輩:「ほら、発信履歴にも残っていない。俺の番号を間違えて登録しちゃったんじゃないか?」

先輩はそう言うが・・・俺は先輩からかかってきた電話の番号をそのまま登録したのだから間違いなど起こりえない。

俺:「そんなことないはずです、が一応確認してみます。電話お願いできます?」

先輩:「はいよ」

先輩が発信すると、すぐに俺の携帯が鳴る。
そして携帯を開いた俺は、背筋が寒くなるのを感じる。
ナンバーディスプレイに先輩の名前はなく、見知らぬ電話番号が表示されていたのだ。

先輩:「ほらやっぱり」

先輩は肩をすくめて笑うが、俺にはとてもそんな余裕はなかった。

俺と先輩が番号を交換したあの時、先輩が俺に電話をかけたあの時、得体の知れない誰かの着信に割り込まれた。
そうとしか考えられない。

俺は、先輩だと思っていた誰かの番号をすぐさま消した。
それでも不気味な後味の悪さはしばらく消えなかった。

その数ヵ月後、先輩は交通事故で命を落とす。
ガソリンに引火して車が炎上し、遺体は判別ができないほど損傷していたらしい。

事故とあの電話を安易に結びつけたくはない。
それは蓋然(がいぜん)的な思考だ。
でもそう思ってしまう自分がいる。

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