首吊りなんだってな・・・

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

自分の体験談です。

数年前の話になるが、当時僕は大学の寮に住んでいた。
この寮というのがなんともオンボロで、くたびれた病院のような有様だった。

ある日の夜、誰かが僕の部屋をノックする音が聞こえた。
僕は既に寝ていたのだがその音で目を覚まし、眠い頭のまま何事かとドア越しに尋ねると、「部屋から水が漏れてる」という答えが返ってきた。

確認してみると確かに座布団ほどの大きさの水溜りがドアの傍に出来ている。
寮の床と廊下は暗い色をしているので、ただの水かどうかは判らなかったが、どうやらこれがドアの隙間から廊下に流れでているようなのだ。

僕はあまり掃除をしない人間なので、大方寝る前にジュースか酒でもこぼしたかと思ったが、辺りを見回しても水気のありそうな物が見当たらなかった。
おかしいなと思ったが、暫くすると水溜りが、ポツポツと波紋を打っていることに気がついた。
天井を見ると水が滴っている。
どうやら原因は上の階の住人にあるようだった。

寮は鉄筋の5階建てで、僕は2階に住んでいた。
各階には部屋が10個あり、その10個の部屋をブロックという一つの単位としていた。
部屋の名前は階段に近い順に201号、202号・・・となっており、僕の部屋は206号室だった。
2階の6番目という意味だ。
なので僕の上の部屋は、3階の6番目の306号室ということになる。

寮では基本的にブロック内でしか交流がない。
他のブロック、つまり他の階の住人とはコンパぐらいでしか接点がないため、僕は306号室に何という名前の人が住んでいるのか判らなかったが、とりあえずベランダにでて上の階の人を呼んでみることにした。

僕:「すいませ~ん!、206の者ですが~水が漏れているみたいなんですが~!」

僕:「306の方~いないですか~!」

何度か呼んでみたが、電気がついているものの誰も出てくる気配がない。
声が届いていないのだろうと思い、仕方なく上の階まで行って直接伝える事にした。

306号室のドアの前まで来ると、楽しそうな声が部屋から漏れている。
ドアをノックするとすぐに一人の男が出てきた。

部屋の中には数人の男女が歓談していた。
いわゆる部屋飲みの最中でだったようだが事情を話すと、男は申し訳なさそうな態度を見せ、すぐに原因を調べるという事となった。

何分か待つと、原因がわかったようで部屋から出て説明を始めた。
どうやら扉の傍にある冷蔵庫から水が漏れたのではないか?との事だった。
古いタイプの冷蔵庫で、冷凍庫に氷が付着しているのだが、その氷が解けて床に落ちることがたまにあるのだという。

その程度の水が、座布団程の水溜りになるのは少しおかしいとも思ったが、追求するのも気まずくなるし、なによりも早く眠りたかったので、とりあえず納得しその日は引き下がることにした。

次の朝、寮の友人が部屋に訪ねてきて、開口一番こんな事を言った。

友人:「昨日救急車来てたろ?。俺救急の人が出てくるの見たよ!。首吊りなんだってな。」

突然の話だったので僕は相槌を打つ程度の事しかできなかったのだが、どうやら友人は詳しい事情を知っているようで、話を続けたくて仕方がないようだった。

友人の話をまとめ。
①昨日の夜に寮で学生が首を吊った。
②同じブロックの人間が見つけて救急車を呼んだが、着いた時には既に死んでから大分時間が立っていた。
③深夜だったこともあり、騒然としないよう野次馬は釘を刺された。
④学生は暗い性格のようで、自殺してもおかしくはないらしい。
⑤首吊りのあった部屋を御払いしてもらう話が出ている。

ようやく話を飲み込めた僕は、気になった事を友人に聞いてみた。
当然ながら、首吊りがどの部屋で起こったのかという疑問だ。

「305だよ。俺部屋まで見に行ったし。まだ死体もあったよ。」

・・・・・・その言葉を聞いた瞬間、僕は内心ぞっとした。

昨日偶然にも306号室まで苦情を言いに行った。
もしかしたら既にその部屋の隣で人間がぶら下がっていたかも知れないのだ。
そして306号室の住人も気づかずに随分と楽しそうにしていた。
ありふれた日常に、壁板を一枚隔てたところで死が隣接しているギャップに僕は鳥肌が立つのを感じた。

そしてこの話をすぐにこの友人にしてやろうと思った。
ところが、頭の中で話を整理しようとすると、なにやら一つの違和感が生まれてきた。
その違和感を整理していく内に、自分はどうやら大きな勘違いをしていたことに気づいた。

覚めた頭で落ち着いて考えると、寮の中心である3階には他の階とは別に自習室が用意されている。
だから・・・・・・3階は309号室までしかないんだ。
ということは・・・・・・3階だけ部屋が一つずつずれ込むから・・・206号室の上は・・・・・・305号室だ・・・。
・・・・・・そうか自殺があったのは僕の部屋の真上の部屋だったのか・・・・・・
・・・ん?それじゃあ、昨日上から垂れてきたのってまさか・・・・・・・・・。

「・・・・・・おれが見たのはもう降ろした後だったから・・・でも聞いた話だと廊下側で吊ってたってよ。廊下を歩いてたら影が見えたんだって。」

それを聞いて僕は全身の力が抜けるようだった。
昨日の液体は何だったのか、自分の中でもう答えは出ていたが、確認する気にはなれなかった。
その後も友人は、部屋がひどい臭いだったとか、床に体液が流れていたとか言っていたが、僕はもうそれ以上聞きたくはなかった。

もしもあの時、306号室でなく305号室に入っていれば、もっと早く発見出来たんじゃないだろうか・・・。

そうすれば彼は助かったんじゃないだろうか・・・。
それを思うと僕は未だに少し悪いことをしたなと、思い返す時がある。

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