これから話す話は全部、僕が、その弟と暮らしていたときの不思議な話、今思えば怖い話だ。
これは一番最初に起こった出来事、小学校のころの話だ。
弟と同じ小学校に通っていた。
手前に間に川があり、橋がかかっていた。
その川の堤防沿いには水路があり、それはもし川が氾濫しても、この水路で汲み留めるためのものだった。
もともと水害が多い地方だったので、水路の脇にとても小さな鳥居や祠があったりした。
子供のころは、それは水の神様の祠だとか、小学校の子供たちを見護る神様だとか思っていたが、今では違うのではないかとひとり思っている。
その神様のおかげかどうかは定かではないが、そこに住んでいた頃、そんなに大きな水害は記憶にない。
一度、大雨が降った次の日にその水路を覗いてみると、少しだけ濁った水が流れていたことがあるが、それきり、その水路に水が流れているところを見たことがない。
なので小学校の僕たちは、普段は水の流れないその水路を、帰り道の『探検ごっこ』のルートにしていた。
そのごっこが終わるのは、川沿いの水路が橋の手前に来たところだ。
そこで水路は橋の下を潜り橋の向こう側に出るのだが、僕は橋を渡って帰るので、その水路のトンネルを潜ることはなかった。
そもそも、学校の先生の話では、橋の真下に網がかかっていて、水路の向こう側に人間が通り抜けることはできないと訊かされていた。
すごくそのトンネルは狭い通路で、子供がかがんで通るのがやっと、大人がどうやって確認したのかはわからない。
しかし、そこを潜った人間を僕はひとりだけ知っている。
弟だ。
その水路トンネルの上の橋は20mほどの幅だったが、水路トンネルの向こう側、つまり出口の明かりは、天気が良ければ微かだが反対から見える程度で、途中に何があるとか、網があるとか、認識できるほど視界は確保されていなかったため、小学生の僕には、もっと、ずっと距離があるように思えた。
実際に、途中まで入ったことはあるが、3メートルほど行くと、入ってきた入口の明かりを背に感じる以外、真っ暗で、すぐに引き返したことを覚えている。
その日、どういう弾みかは覚えてないが、水路トンネルの向こう側まで探検しようということになった。
ウサギ当番をやってはウサギをいじめたり、メダカ当番をやってはメダカを水道に流したり、インコ当番をやっては水を上げなかったりするガキ大将と、その子分みたいなやつと、僕と、僕の友達と・・・。
そこに、弟もいた。
以前に怖い思いをしたことから、僕はその探検を断りたかったが、小学生の僕は臆病者と呼ばれることを嫌い、思考の結果、入口の見張り役を名乗り出た。
運よくその役は認められた。
そして、反対側にもひとり、見張り役が置かれた。
僕の友達だった。
残りの三人でトンネルの向こう側を攻略しよう、ということになった。
ガキ大将と子分と、弟だ。
そのままの順番で、一人目にガキ大将が入り、二人目に子分が入り、弟は、確かに、最後に入った。
記憶に誤りはない。
僕は側にあった祠の前で、入口の見張り役をしていた。
暗い闇の中、溶けていく弟の背中を見ていた。
ふつと、もし弟がこのまま行方不明なんかになったら、お父さんやお母さんに、なんて言ったらいいんだろう・・・そんな不安がよぎって、見張りなんかして弟に行かせた自分が、すごく情けなくなった。
ものすごく焦った。
急いで水路に降りて、トンネルの入口に立って、そこで弟の名前を叫んだ。
水路トンネルの中に僕の声が凄まじい勢いで反響する。
こだまのように帰って来たのは、中にいた人たちの悲鳴だった。
単純、中にいた奴らも怖かったのだ。
僕の叫び声を聞いてパニックを起こし、悲鳴を上げた。
走ってこっち側に向かってくる。
悲鳴と足音が近づく。
早く出て来てくれ、そう祈った。
最初にトンネルに入った奴が出てきた。
続いて二人目が、置いて行かれまいと泣きながら息を切らせて出て来た。
三人目、弟が、出てこない・・・。
僕は焦った。
再び弟の名前を呼ぶため、出てきた二人とすれ違い、トンネルの入口、光があるギリギリまでトンネルに入った。
おかしい。
弟が入ってからすぐに、僕は弟の名前を叫んだのに、真っ先に出てくるのは弟じゃないのか。
いや。
違う。
真っ先に出て来るのが弟である以前に、出てきた順番はどうだ?
一人目が出て来て、二人目が・・・。
トンネルの中にすれ違うスペースなんて無い。
たとえすれ違うとしても、暗いトンネルの中ではお互いがぶつかり合って、そうやすやすと出て来れるわけがない。
名前を呼んで最初に出て来たのは・・・一番先頭にいるはずの、一人目だった。
どういうことだ?
弟は?
いや。
一人目はどうやって。
振り返ったら、そこには泣きじゃくる、友達がひとりいるだけだった。
「おい!弟は!?一人目は!?」
訊いても、「わからない」としか言わなかった。
なんだかわからないけど、トンネルの中で何かがあった。
入るしかない。
恐怖とかじゃなく、責任だとか、そんなものが僕をつき動かそうとしていた。
そしてトンネルの入口に立ったときだった。
「兄ちゃん」
トンネルの上の、水路の上の道路から弟と、向こうで待っていたもうひとりの見張り役が、顔を覗かせていた。
どういうことか、さっぱりわからなかったが、安心した。
けれど、ガキ大将は二度と見つからなかった。
それどころか、神隠しみたいに、みんながガキ大将のことを忘れてた。
子分でさえも、次の日からは違うやつの子分になってた。
なんで弟は向こう側に行けたのか、そんなことを考えるのは、今になってからだった。
そのとき弟に訊いたことは「ガキ大将を覚えているか?」だった。
弟は知っていた。
トンネルのなかでね、あのお兄ちゃん言ってたんだ。
ガキ大将:「あれ?ない。柵がない。犬も。こんなに奥じゃないはずなのに。繋いでおいたのに・・・・」
弟:「たぶんね、ばちがあたったんだよ、どうぶつがつれていったよ。」
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