某ゲーム会社で働く友人が体験した話。
名前をKとする。
ある連休の日、Kは仲間と飲み会をして結構酔ってしまったらしい。
その飲み会をした場所は彼の実家に近く、飲んだ後は自分のマンションに戻らずにKは久しぶりに実家に帰る事にしたそうだ。
実家は郊外にあり、方向が一緒の仲間の車に便乗し国道の適当な場所で降ろしてもらった。
実家までは2kmほど歩かなくては行けなかったらしいが、既に終電もなく、タクシーすらつかまりそうになかったので、そのまま彼は歩いて帰る事にした。
「じゃあなー」
「ああ、またな」
車で送ってくれた友に挨拶をし、彼は歩き始めた。
郊外とはいえ、辺りは古い街並が残っており、うら寂しい。
ましてや深夜のため、それはなおさらであった。
道の両側に並ぶ古い木造家屋を見ながらKは歩いていた。
Kにとっては初めて通る道だった。
しかし町はよく知っている町だったので、アルコール分100%の頭でゆっくりと帰りの歩みを彼は進めていた。
「橋は渡ったかな?渡ったはずだよな・・・?渡らなかったかな?」
すぐ近くに川があるはずだった。
大きな川だ。
けれども水の流れる音はちっとも聞こえてこない。
背後でかすかに聞こえていたはずの国道を走る車の音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
――そんなときだった。
キーーーーーッききききききききッ。
静まりかえった闇をやぶって、夜の街に甲高い音が響いた。
獣の鳴き声にも、鳥の声にも似ていた。
だが、どうやら人間であるらしい。
ガラスの表面を針で引っかいたような、神経を逆なでする奇声だ。
ひどくいやらしい、笑い声にも思えた。
『・・・・・?なんだ?』
頭の後ろにチリチリしたような物を感じながら、Kは反射的に辺りを見回した。
誰もいない。
何もない。
奇声はあれ1回だけのようだった。
――頭の中で尾を引いていた奇声も、すっかり現実味を欠いていた。
『気のせいじゃないよな・・・?人間の声だったよなあ?鳥とかじゃないな・・・』
考えながら闇の向こうを見ていたKの耳に、聞こえてくる音があった。
それは奇声ではなかった。
『これは・・・?』
足音のようだった。
道の彼方から、こちらに近づいてくる。
こっちに向かってくるようだ。
が、それにしても、なんだか濡れているような、ねばっこい足音なのが気になった。
ぺたっぺたっぺたっぺたっ。
闇の中に人影がにじみ出た。
自分のように終電に乗りそこねて、家路へと急ぐ通行人だろうか。
まさか、さっきの奇声を発した人物だとは思えないが・・・。
『もしも、そうだったら・・・ヤバイな。』
それにしても、ずいぶんと背が低い影だった。
その近づく人物の背が極端に低い。
「・・・・・・・・・・・!!!!!」
子供だった。
5、6歳だろうか。
髪をおかっぱに切りそろえた男の子だった。
それが、小走りにこっちに向かって駆けてくる。
ぺたっ、ぺたっ、と足音をしきりに立てて。
こんな時間に子供がどうして外をうろついているのか?
いや、そんなことよりももっと近づくにつれて、異常な事が見て取れた。
その子供は裸だった。
何も身に着けてはいない。
そして全身が濡れているらしく、ぬらぬらと光っているのがKには見て取れた。
あれは――なんで水に濡れているのだろうか――。
気のせいか、赤い色がちらちらする。
煮凝りの汁のようにねっとりとした――。
ぺたっぺたっびちゃっぺたっ。
Kは急に酔いが覚めていくのを感じていた。
こんな場合、どうしたらよいのか。
とっさには思い浮かばなかった。
道を引き返してあの子供をやりすごすべきか?
それとも子供を捕まえて事情を確かめるべきか?
しかし捕まえるといってもあれは子供――なのだろうか?
本当に人間――なのだろうか?
ぺたっびちゃっぺたっびちゃっぺたっぐちゃっ。
――そんな事を頭で考えていたのはあっという間であった。
すぐに子供はKの側までやってきた。
子供は、にこにこと笑っていた。
何かがべっとりとついているらしいその顔で。
ただし、それはKを見つめて笑っていたのではなく、虚空を、ただじっと見つめながら笑っているらしかった。
そして、その子供は両手に何かを握っていた。
―――髪の毛!?
よく分からなかったが、Kの目には、それが恐ろしい度のたくさんの髪の毛に見えた。
水垢みたいなものがこびりついている髪の毛。
それが、小さい握りこぶしの間から房になって垂れて、バサバサと揺れていた。バサバサと・・・。
裸の子供はKとすれ違うと、国道の方へと駆けていった。
びちゃっびちゃっぺちゃっぐちゃっ・・・・・。
今や、ぺたっ、ぺたっ、ではなく、べちゃっ、ぐちゃっ、と、何かの汚らしい汁を撒き散らしているような粘液質の足音は、しだいに遠ざかっていった。
後には、道の真ん中に、完全に酔いの覚めてしまったKが、ぽつんと残されていた。
Kは、まばたきをしながら路上を見た。
赤黒い汁が転々とそこらに落ちているのではないかと思ったからだ。
けれども、路上は乾いていて、どこにも、何も落ちていなかった。
K:「なんだったのかって?あの子供が?・・・なんなんだろうなあ・・・今でもあの、びちゃっ、ぐちゃっ、っていう気持ち悪い音が耳に残っていてたまんないよ・・・。あんなのに夜中にまたばったり会うくらいなら、簀巻きにされて川の中に放りこまれたりするほうが、まだマシだよw」
後日、その出来事を語ってくれたKは、最後にそう言った。
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