秋田のマタギたちの間に伝わる話に『サカブ』というのがある。
サカブとは要するに“叫ぶ”の方言であるが、マタギたちがいう『サカブ』とは山の神の呼び声を指すという。
山の神は時たま、その神力を持ってマタギたちに『サカブ』ことがあるという。
秋田県は北秋田市に住む山田岩蔵という老マタギの表現によると、山の神の声は「細く堅い声で、遠い遠い処で響く鉦の音に」似るという。
岩蔵マタギは人生で二回、この山の神の声を聞いたそうで、頭を強打して気が遠くなった時のような、耳鳴りのような、どちらかといえば振動、あるいはテレパシーのようなものであったそうである。
山の神の『サカブ』はだいたい吉祥であり、しかも集団で狩りをしていても全員には聞こえず、その狩猟組の頭領(スカリ)か、もしくは一、二を争って腕の立つ者にしか聞こえない。
東方より聞こえる『サカブ』が最も良く、その方向に進むと必ず獲物を授かったという。
あるとき、大平山奥地のイグス森という場所で、あるマタギがこの『サカブ』を聞いたという。
それから『サカブ』の示した方角に二里余り進むと、果たしてそこには今までに見たことがないような巨熊が居り、捕らえてみると七尺五寸を超える、ツキノワグマとしては規格外の大物であったという。
また不思議なことに、この『サカブ』はマタギだけでなく、留守を待つ村の者たちにも時折聞こえる。
そんなときは必ず猟の成果があった時であるので、そんなときはいち早くマタギ衆を迎える準備をするという。
山峡の人々に聞こえる不思議な神の声の話。
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