母の話。
私の母は結婚する前、小さい会社の事務で働いてた。
そこの社長夫婦の息子さんはすぐ側の別の会社で働いてて、たまに両親に用がある時など会社に来たりしてた。
母はその息子さんの顔は知ってたけど話した事はなくて、ある日、昼食を食べてると息子さんが話しかけてきたらしい。
いきなりだったので母はちょっとビックリしつつも話を聞いていた。
話は「今度自分の会社で海水浴をしに遊びに行くんだけど自分は泳げない」という話だった。
母は「泳げないのが恥ずかしいんだったらみんなに見えない所でちょっと練習してみたら?」とか、「泳がずに浅瀬でただ遊んでたら?」とか言ったらしい。
その息子さんも「そうだなぁ~」とか言ってお昼休みが終わったので出て行った。
その後少ししてから母がいつも通り出社すると、社員達が社長の息子さんが亡くなったと話していた。
母は驚いて理由を聞くと、会社で遊びに行った海水浴で亡くなったとの事だった。
母は息子さんの葬儀の時に社長夫婦に海水浴に行く前にそういう事があったと話し、自分が「練習したら?」と言ったせいかもしれないと大泣きした。
社長夫婦は「死ぬ人は死ぬ前にちょっと違う事するとか言うからそういう事なのかもねぇ・・・」と、しみじみ言っていたらしい。
その数年後に母は結婚して私と弟を産んだ。
子供の頃、父の田舎の海沿いの街に住んでいた私達はよく海に遊びに行った。
私は海に入っていってワカメや貝殻を拾ったりして遊んでいたが、弟は怖がって入ろうとしなかった。
母がちょっとだけ入ってみたら?と促しても、頑なに入ろうとせずに波打ち際で棒立ちになって固まり、拳を握って顔を真っ赤にして汗を流して海をジーッと睨みつけるように見ていたらしい。
私は弟がそこまでなっていたのは覚えてないけど、海が嫌いで入れなかったのはよく覚えている。
弟は風呂でもしょっちゅう溺れる子だった。
そんな弟を見て母は怖くなって、海で固まってる弟に「○○(弟)、あんた△△さん(息子さん)の生まれ変わりなの?」と思い切って聞いたらしい。
すると弟は「うん」と頷いた。
その時、母は恐怖とかいうより、そういう事ってあるんだなぁと思ったという。