歴史小説家『八切止夫』はスペインの修道院で、15世紀から16世紀の船乗りや宣教師による『日本についての報告書』なる物をを手に入れた。
その中にゴンザレスという船乗りが、国王に提出した佐渡金山に関する報告書があった。
そこに登場する上杉景勝の叔母が「上杉謙信」のことと解釈できる部分がある。
他にも歴史記録の中に、上杉謙信が女だったと思わせるものがある。
長岡の瞽女頭・山本ゴイの唄本『越後瞽女屋敷・世襲山本ごい名』という本には、謙信のことを「男もおよばぬ大力無双」と歌った歌がある。
謙信の死因は「大虫(生理からくる病気)」と書かれている。
京都に上洛し足利家と面会したとき、当主の妻と交流を深めていたがおとがめはナシ。
女同士の交流だったため誰もきにしていなかったのかも。
「生涯不犯」を称して一生正室も側女も置かなかった。
これらのことから上杉謙信は女だったのではないかといわれる。