父上の部屋へシャーペンの芯を失敬しに(買えよ)行ったとき本を見つけた。
その本に収録されていた話にこんな一編があった。
アメリカ南部の町、一人の警官が辺りを巡回していた。
一通り見回ってそろそろ帰ろうとしたとき、前を歩いてくる男に気がついた。
ひっきりなしに首を動かし、くぐもった声でブツブツ何か呟いている。
あきらかに挙動不審である。
薬をやってる変質者でなければいいのだが・・・。
念の為、職務質問をしてみようと思い、警官は男に声をかけ、男が止まったのを確認し、近寄ろうとしたそのときだ。
男がニヤニヤした笑いを浮かべ、上着の裏ポケットに手を突っ込んだではないか。
殺られる!!
警官は咄嗟に拳銃を抜くと、何のためらいもなく男に向けて発砲した。
銃弾を胸に受けた男はドサッとその場に倒れ、やがて動かなくなった。
「あぶないところだった・・・」
警官は胸をなでおろし、ポケットの中の凶器を調べることにした。
しかし、予想に反して出てきたのはピストルではなかったのである。
それはボロボロになった古いメモ帳だったのだ。
警官はいぶかしげにそれを手にとり、最初のページをめくった。
『この子は生まれつき重い病気で口がきけないのです。もしも困っていたら助けてあげてください。』
メッセージの下には、男の家であろう住所と電話番号が書いてあった。
震える手で次のページをめくる。
『ぼくのかわりに電話をかけてください』
『どうもありがとう』
そんなメッセージが、1ページごとに書き綴られていたのである。
それは重度の障害をもつ息子を不憫に思う彼のお母さんが、心をこめて書いたものであった。