8年くらい前のこと・・・。
俺は30前から非常に体調が悪く、会社を休みがちになっていた。
仕事面私生活面ともに特に問題があったわけではない。
しかし、どうしようもなく体がだるく、まず遊ぶ気力が無くなり、休日に外出しなくなり、やがて、平日でも体力が続かなくなり仕事に影響がではじめた。
重要な約束があっても、体がついていかない。
ドタキャン、遅刻、早退。
有給休暇も使い果たしついに欠勤。
会社の指定する産業医の診断を受け治療するよう、会社から命じられた。(地元病院には懸かっていた)
そんなある日、朝から体調が悪く、例により会社を欠勤し会社の措定する産業医のいる、某大きな病院に行くために電車に乗った。
電車の中でもとても具合が悪く、地下鉄に乗り換える頃には今にも倒れそうだった。
朝9時は過ぎてラッシュのピークを超えていたため、ホームに人はまばらだった。
俺は、人が少ないホームで列の最前列に並ぶことになった。
行き先掲示板が、次の電車が前の駅を出たことを表示していた。
なんか耳が遠くなり、線路や看板、行き来する人が、現実でなく、映画かテレビの一シーンのようにしか思えなくなり、なんか「どうでもいいや」という気分におそわれた。
このまま線路に飛び込めば楽になれる・・・楽に・・・あっちに行きたい・・。
そんな考えが頭に浮かび、飛び込む衝動を押さえきれなくなりそうになった。
「ヤバイ。行くな」とかすかに残った理性が叫ぶ。
俺はホームの白線を超え、ホームの端ぎりぎりまで前進していたことに気づいた。
すんでのところで思いとどまった俺は、とっさに後ずさりし、ホームの後方の壁まで下がって、もたれかかった。
俺の後ろに並んでいた人が怪訝な顔をした。
アナウンスが、まもなくホームに電車が入ってくることを告げ、地下鉄のトンネルの中で電車に押された空気が強風となって吹いてきた。
俺はぼんやり周りを見渡した。
すると20代前半だろうか、少々ぽっちゃりした女性が、思い詰めた表情で立っていた。
俺の斜め前方数メートルくらいのところで、ホームの端(線路と)まではまだ3メートルくらいはあったと思う。
電車がホームに進入してくるのが視界の片隅に見えた。
その女性は、するすると前に歩き始めた。
最初はためらいがちに・・次に意を決したように・・・。
「ヤバイ!!」と俺は思った。
しかし声は出ず、体も動かせなかった。
ただただその女性を目で追っただけだった。
ホームに電車が入ってきた。
運転手の顔がはっきりわかる距離まで来た。
運転手は女性に気づいた。
「うわあああああああああ」
おそらくこういったのだろう。
運転手の口が開きゆがむのが見えた。
運転手の目は、しっかり女性を見ていた。
死神っているのかな・・・いるんじゃあないかな・・・俺はそう思った。
最初、死神は俺を見つけ、俺に憑りついた。
俺に飛び込みをさせようとした。
だが、死神の力が弱かったのか、俺は思いとどまった。
俺が壁にもたれかかって飛び込みそうにないのを見て、おもしろくない死に神は、すぐにターゲットを切り替えたのだろう。
俺にはそう思えてならない。
後日談として、俺は若年性脳梗塞と腹膜炎で結構ヤバイ事になったが、幸いまだ社会生活を送れている。
ひょっとしたら、俺の目に見えないところで、死神と守護霊が火花を散らして闘っているのかもしれない。