独身だった数年前、葬儀会館に勤めてました。
お通夜の後、翌日のお葬式までのひと晩は、亡くなった方と親族がひかえ室で最後の夜を過ごすのが慣例です。
社員もひとり会館に残って、夜勤あつかいになります。
私が夜勤に当たったその晩、ひかえ室に入っていた喪家(そうか)は、一見ごく普通のご一家だったと記憶しています。
お通夜にはそこそこの人数が弔問(ちょうもん)に来ていたし、その後の親族が集まる会食の様子にもおかしな所はなかった。
私は夜10時頃には、会館の従業員詰所に引っ込み、カップ麺を食べながらテレビを見たりしていました。
そうして日付けが変わったら、最後の見回りをしてから仮眠をとるのが決まりなのです。
その夜もいつもの様に、真夜中過ぎにひと通り館内を見回って、親族ひかえ室の前まで来ました。
お通夜後の会食のケータリング容器やゴミは、あらかじめひかえ室の入り口に出しておいてくれることになっていて、本来は翌朝早いうちに回収すればいいのですが、私はゴキブリのエサになるのが嫌で、この見回りついでに回収を済ませていました。
ひかえ室に近づくと、入り口の引き戸が半分開いていて、足元を照らす安全灯の薄明かりがもれています。
そこに並ぶ靴が1足だけなのが目に入って、「いつの間にかほとんど親族帰っちゃったんだ、結構薄情だな」と思いながら、ゴミを運ぼうとしたその時・・・真っ暗なひかえ室の奥から、笑い声が聞こえたんです。
驚いてかがんだ姿勢のまま固まっていると、最初は押し殺したような「クックックッ」というものだったその声は大きくなり、「ハハハハ、アハハハ!」とまるでキチガイじみてきて、私はもう恐怖でゴミを放り出し、必死の思いで詰所に逃げ帰りました。
詰所のドアは内側から施錠出来るのですが、何とも気持ち悪くて、朝まで寝付けませんでした。
翌朝、明るくなってからあらためてゴミの回収に行くと、ひかえ室にいたのは年配で小柄な故人の奥さんでした。
何事もなかったかのように「おはようございます」とあいさつを交わしたが、よけいに不気味で寒気がしたのを今でも鮮明に思い出します。