先日、祖母の葬式のために生まれ故郷を訪れた。
そこは山と畑しかないような、いわゆる寂れた山村だ。
私が小学生の時に両親と市内に引っ越したために脚が遠のき、さらに大学に通うのに東京に出たため、そこを訪れるのは実に10年振りだった。
葬式が終わり、一人で子供の頃と少し様子の変わった村の中を散歩していると、ある家から鋭い鳥の鳴き声が聞こえた。
何かが引き千切られるような、苦しそうな泣き声。
不穏なものを感じた私は生垣を掻き分けてその庭を覗くと、10歳くらいの小さな女の子がこちらに背中を向けてうずくまっているのが見えた。
そしてもう一度鳥の鳴き声。
今度は長く響いて、そして弱々しく消えていった。
思わず身を乗り出した私の重みで生垣が音を立てた。
私に気付いて女の子が突然こちらに振り返った。
前髪を綺麗に切り揃えた真っ白な女の子。
その子の右手には、もう動かなくなった小さな鳥の姿が..。
そう。
すずめを握り潰していたのだ。
私と目が合うと、その子はすずめをこちらに差し出しながら歩み寄って来た。
口元に笑みを浮かべて。
その異常な光景に恐怖した私は、声を上げて無我夢中でその場から逃げ出した。
後から近所の人にその家のことを聞いてみると、その家は一年程前にその村に引っ越して来た「東京の大学の先生」のものだそうだ。
村の人とはほとんど交流がないようで、特に娘のこととなると余り多くを語ってはくれなかった。
しかし私の幼馴染が、その家には精神を病んだ娘がいて隠れるように田舎に住んでいることを教えてくれた。
「人形のような綺麗な顔立ちの子なのにな。可哀想に。」
そう言って目を伏せていた。
両親の車で村を出るとき、その家の前を通った。
その家の周りだけ重苦しい暗い影に覆われているように感じ。
ふと目をやるとそこには生垣を掻き分けて私を見つめるおかっぱ頭の白い女の子の姿があった。
あの時と同じように口元に笑みを浮かべて。
あまりの恐怖で声も出なかった。
息も出来なかった。
ただもう全身がブルブルと震え、涙が止まらなかった。
両親が気付いて慌てて車を止めようとしたが、私はとにかくここから早く離れてくれとだけ伝えるのが精一杯だった。
東京に戻った今も、時折夢の中にあの白い女の子が現れる。
もうすぐ祖母の四十九日の法要があるが、私はもう二度とあの村を訪れることは出来ないだろう。