先輩の話。
彼は母校の山岳部キャンプに指導員として参加している。
ある年どうしても一緒に行けなくなり、キャンプ地で後から合流することにした。
予定が大幅に遅れ、夕暮れの山道を足早に歩いていると。
「あなたは嘘吐き?」
いきなり後ろから声がかけられた。
驚いて振り返るが、闇に沈み始めている森の中には何も見えない。
「ねぇ、嘘吐きじゃないの?」
再び声がする。
声の主は見えないが、小さくて無邪気な女の子のようだ。
生真面目な先輩は、むぅ、と少し考えてから答えた。
先輩:「他人を傷つけようとして嘘を吐いたことはないぞ」
するとザワザワっと辺りの木々が蠢いた。
「ちぇっ」と残念そうな声を最後にざわめきが納まる。
それ以降、声は二度と聞こえなかった。
何だったんだろうと考えながら歩いているうちに、段々と怖くなったという。
キャンプ地に着いて後輩たちと合流した時は、心底ホッとしたそうだ。
後日その地方に伝わる伝承話を知ったそうだ。
その昔、人を獲る物の怪が出たのだが、通りがかった旅の僧に懲らしめられたと。
僧曰く「悪人以外は襲ってはならん」と言い聞かせ、物の怪も改心したという。
「嘘吐きって悪人なのかな?でも程度によるよな」
あくまでも真面目な先輩は、この話をし終わってからも、一人考え込んでいた。