友人の話。
泊りがけで渓流釣りに出かけたという。
その沢には彼の他に誰もおらず、良い穴場を見つけたと少し浮かれていた。
なかなか見事な岩魚が上がったので、刺身と骨酒にして楽しんだ。
日もとっぷり暮れ、そろそろ寝ようかと考えている頃合だった。
ぱちゃぱちゃ、という音が聞こえた・・・。
何かが川を渡ってくる。
一体何だ??と目をやると、間もなく真っ白い人影が彼の前に立ち現れた。
細くてひょろ長い身体。
衣服の類は何も身に着けていない。
股間には何も確認できず、つるりとしているだけ。
股間だけではない。
身体の表面という表面がつるりとして青白かった。
何より彼を硬直させたのは、そいつの顔だった。
あるべき所にある物が何も付いていない、のっぺらぼうなのだ。
しばらく焚き火を挟んで、双方無言のまま対峙していた。
やがてのっぺらぼうは踵を返し、ぱちゃぱちゃと元来た闇の中へ消えていった。
もう寝るどころではない!
夜が明けるや否や、すぐに撤収したのだという。
帰ってから年配の釣り仲間にしどろもどろ話してみると、次の一言。
年配の釣り仲間:「運が良かったなぁ、クチナシで。口があったら食われているところだ」
穴場となる場所にはそれなりの理由があるのだと、つくづく痛感したそうだ。