先輩の話。
一人山中で露営していた時のこと。
夜中にザッザッザッ・・・という、砂を踏みしめる音で目が覚めた。
何かがツェルトの周りを歩き回っている。
どうやら、音を立てている主は複数いる様子だ。
狸かな?寝袋に包まって考えていると、いきなり音はピタリと止んだ。
同時に何やらブツブツ呟く声が前後左右から聞こえだした。
内容は聞き取れない、しかし明らかに言葉を紡いでいる。
動物じゃない!
身を硬くする彼の鼻に、肉が腐ったような臭いが入ってきた。
もう寝るどころではない。
辺りが白み始める頃、ようやくブツブツという声は聞こえなくなった。
恐る恐る外を覗いてみたが、辺りには何も居ない。
しかし何かが居た証拠に、ひどい臭いがテントの周りに立ち込めている。
大きく息を吐いて外に出ると、臭い以外にも遺留品があった。
弦が壊れレンズも割れた眼鏡が五つ。
忘れ物のように落ちていた。
気味が悪いので、無視してそこを発ったのだという。
果たして次の夜にも、怪しい声音と饐えた臭いがテントの周りに現れた。
そして翌朝、やはり壊れた眼鏡が五つ残されていた。
彼は穴を掘って眼鏡を埋め、形ばかりだが手を合わせ弔った。
効果があったのか、それ以降、怪異に襲われることはなかったという。