知り合いの話。
山中で一人野営をしていた時のこと。
焚き火にあたっていると、すぐ近くから女のすすり泣く声が聞こえてきた。
ギョッとして声のする闇の中を透かして見ると、大きな猿が一匹、頭上の高枝に蹲っていた。
興味深そうにこちらを窺っている。
何だ、驚かせやがる。
まったく気持ち悪い声で鳴く猿だな。
睨みつけるとすぐに猿は興味を無くしたようで、こちらに背を向けた。
その背中、赤黒い毛皮の中に、場違いな白い物が貼り付いていた。
血色の悪い、しかし綺麗な若い女の顔。
彼と目が合うと、再び哀しげに泣き始める。
腰を浮かした彼が何をする間もなく、猿は暗い森の中へ飛んで姿を消した。
自分の見た物が理解できず、その夜は結局眠れなかったという。