鞦韆(ゆさわり)、一般的には「しゅうせん」と読むが、端的に言うと皆さん馴染み深い『ぶらんこ』のことである。
小学生の頃、俺はこの『ぶらんこ』が大好きだった。
経験が有られる方も多いと思うが、ぶらんこには立って漕ぐと言う通称「立ち乗り」と呼ばれる妙技がある、と言うのはわざわざ説明するまでもないと思うし、技法でもなんでもない。
一時期この「立ち乗り」で怪我をする子供たちが続出したため、我が小学校では全校挙げての「立ち乗り禁止令」が流布されてしまったわけだ。
しかし、「校則や規則は破るために存在するのだ」とかなんとか、俺は俺だけのもんだ的ヤンチャ坊主達にとって、この「立ち乗り」という未知への挑戦は、神々しいまでの絶対にして不可侵的な魔力を放っているものなのである。
つまり、「立ち乗り」大好きだあああぁぁぁぁっっ!!!!!!ってこと。
何を隠そう、俺もそんな一人であろうことは言うまでもないのだが、ある事件に遭遇してしまったことをきっかけに、かれこれ十数年もの間、俺は一度たりとも「立ち乗り」を実践に移したことはなく、延いてはぶらんこ自体に乗らなくなった。
いや、乗れなくなった、と言うのが正しいか・・・。
以前、俺が住んでいた団地の近くに、『地元の地霊?』のようなものを奉ってる神社の小さいバージョンみたいな神廟(しんびょう)があった。
あーゆうのを「祠(ほこら)」と言うのかな?定かじゃないが、田舎ってやつは祠ってのがあちこちに点在している。
普段は誰も訪れることなどなく寂れ放題となっており、物臭な大人達が小学生をフル活用して毎年敢行される「地域の清掃活動」などと言った、大義名分を掲げて稀に訪問するぐらいなものだ。
俺と、当時の悪友だったKちゃんは皮肉にも、その大義名分実行中の折、初めて祠の存在を知ったのだが、ここからの発想が如何にも子供らしい。
「ここに秘密基地を作ろう!!!!」
トムとハックルベリー気取りである。
そんなわけで、俺とKちゃんの秘密基地建設計画なぞを企てていたのだが、そのときKちゃんが提案した。
「ぶらんこ!!これの設置は必須だろう!!」
激しく異議なしだ。
それじゃさ、放課後に設置場所を下見に行こうとなり、祠に到着した俺達は、都合のよさそうな木々の枝などを探したり、強度を検査したりしていたのだが、ふとKちゃんが立ち止まって祠を見つめていた。
「なぁ、この中ってどーなってんの?見たことあるか?」
「いつ来ても扉が閉まってるし、中がどーなっているのかは見たこと無いよ」
「御神体っていうのがあるらしーけど、一応お参りしとこうか?基地作らせてください♪って」
「なぁ?開けてみる?気にならん?」
「えぇ~?でも、お婆ちゃんが御神体に悪さするとチンチンが腫れるって言ってたよぉ」
「そんなの迷信だって!俺が開けてやるから、お前そこにいろよ!!マジ絶対命賭けて逃げるなよ!!!!」
そんなに恐いならよせばいいのに・・・と思いつつ、少しワクワク。
Kちゃんが腐りかけた木製の扉をゆっくりと開ける。
俺は固唾を呑みながら自身の心悸が激しく脈打っていくのを感じていた。
その時!開扉した隙間から射し込まれていく光りが、薄暗い部屋の中を照らし、舞い上がった粉塵の粒子に反射する。
炯々と目を尖らせながら見据えていたとき、Kちゃんが驚動の様相を呈して肩を竦め、少し遅れて俺も一驚を喫した。
「ごめんなさい(ごめんなさい)!!!!」
開きかけた扉を素早く閉めて、俺とKちゃんはその場から逃げ出した。
実はこのとき僕たちは『何か』を見てしまったのだ・・・。
その後小学校の運動場でぶらんこを揺らしながら、俺とKちゃんは作戦会議。
「ビックリしたなぁw」
「だからやめようって言ったのに・・・」
「怒られたりしないかな?」
「だって人がいるとか思わないじゃんか!!??俺の所為にすんな!!」
「でもさぁ、なんであの女の人、祠の中にぶらんこなんか作ったんだろう?」
「あの人が作ったわけじゃないんやない?」
「そっか。でも、あそこにぶらんこあるんなら、わざわざ俺達が作らなくってもいいんじゃない?」
「アホ!!俺達専用のぶらんこが欲しいんだろうが」
「そっかぁ」
「あの女の人、立ち乗りしてたよな?子供にはするなって言うくせに大人は立ち乗りするんだぜ?つか大人のクセにぶらんこ使うなよ!!!!」
「そうだよ、ムカツクねー」
家に帰って母親に今日あった出来事を、秘密基地の件だけ厳密に非公開としつつ話して聞かせた。
話の展開で、あるていどの顛末は御想像いただけたことだと思うが、俺達は祠の中で天井から吊るされたぶらんこを見たのだ。
そこには女性が立ち乗りしていて・・・と言う話だ。
だが家の母親は、この話をまったく信じてくれなかった。
このとき俺は母親の態度を、大人が立ち乗りなんて危ないことをやるわけないでしょう?と言う意だと解し、不興の趣を禁じえなかったのだが、今ならコンマ5秒で理解することができる。
祠にぶらんこなどありえないのだ。
業を煮やし、半分ベソをかきながら異議申し立てする俺に呆れた母親は、半ば諦観めいた長嘆を漏らしながら言った。
「じゃあ一緒に見に行ってあげるから」
刻は甲夜(7~9時頃)、月明かりに照らされた祠は昼間のそれとは雰囲気を異にし、怪訝な面影を呈していた。
「この中?」
「そうそう。でも、まだ乗ってるとは思えないけど。」
「乗ってるとかは別にいいんだけど、ぶらんこなんか本当にあるの?ちょっと・・・恐いね」
そう言って、母親は恐る恐る扉を開いていき、中の様子が伺える程度に開扉したあたりで、声を張り上げ叫喚した!!
俺が今まで聞いたこともないような母親の叫び声に吃驚していると、母親が力強く俺の顔面を胸の中に押し当て埋め、引きずられるようにその場から立ち去った。
家に帰るやいなや、母親は慌てた様子で何度も色んな人たちに電話をかけているようで、次第に大人達が集まりだし騒ぎ立てる。
俺はと言うと自分がなにかとんでもなく悪いことをしでかしてしまったのではなかろうか?と恐怖していた・・・。
しかし、数日経っても特に怒られたりなどせず、逆に「恐かったねぇ」などと周囲に慰めれれたり、祠は立ち入り禁止になるわでサッパリ現状を把握しきれなかった俺である。
母親が見たものが、女性の首吊り死体だと知ったのは、随分と後になってからだった。
だが、どうも解せない。
高校に入ってKちゃんと再会し、色々と当時の話をしたのだが、俺とKちゃんが見たのは確かに『ぶらんこ』に乗った女性だった。
子供の時の記憶だから・・・というのはあるが、Kちゃんも同じ物をみたし・・・。