両手が岩壁の上に出た。
手がかりを掴み、身体を引き上げれば、登り切れる。
その手がかりが見つからない。
たしか、わずかな窪みがあったはずだ。
岩壁の頂点と、目の高さがほぼ同じ。
岩の上面を睨み、手がかりが作り出す影を探したが、何もない。
左手を少し下ろし、しっかり岩を掴んだが、その体勢からは登れない。
胸から上を岩の上に出し、脇腹の辺りで左手が岩を掴んでいる。
両足は、ほとんど宙に浮いている。
右手の指先は、どこにもかからない。
腕全体を押し付けることも出来ず、バランスが崩れ始めた。
もう、いくらも身体を支えていられない。
頭の中、落ち方を考え始めていた。
大した高さではないが、下は固い岩だ。
横の斜面へ落ちれば、地面だけは柔らかい。
横へ落ちるには、落ちる瞬間に左手で岩を突き放せば良い。
無論、斜面には木があり、枝があり、藪がある。
それでも、岩よりは良いと思った。
「落ちるぞ」下に声をかけた。
その時、黒っぽい岩が波立ち、光った。
見事な坊主頭が、岩の上に浮いてきた。
右手が届きそうだ。
それが何であるかなど、気にしても仕方ない。
何もしなければ、落ちる他ないのだ。
坊主頭に手を乗せ、力を込めた。
「いてっ」声が聞こえた気がしたが、構ってはいられない。
右手を支点に引き続け、右足が岩の上面にかかった。
これで何とかなる。
転がるように登り切り、息をつき、しびれる左手を振った。
坊主頭が振り返り、ものすごい形相で俺を睨み、ゆっくり岩に潜っていった。
波紋が広がり、その形のまま残った。
俺の手に岩は冷たく、硬かった。