知り合いの話。
仕事で山に籠もっていた時のこと。
夜中に小用を足そうと裏口から出ると、何やら仮設トイレ横の闇中で動く物がある。
子供ほどの小さな影だ。
猿かなと思いながら近よると、あっという間に山へ消え去った。
辺りを懐中電灯で照らすと、浅く掘られた穴とその中に団栗を見つけた。
少し離れた位置に同じような穴があり、やはり中には団栗が収められている。
動物がこんな真似するのかと思いはしたが、時間も遅いのでそれ以上調べず、そのままトイレを済ませて寝ることにした。
翌朝、外に出た彼は目を疑った。
昨日穴があった場所に、小さいながらもしっかりとした苗木が伸びていたのだ。
半日足らずでこんなに成長するなんて・・・団栗じゃなかったのか?
しかしこの勢いで成長されると、トイレや倉庫に干渉し邪魔になる。
とはいえ引き抜くのも何か躊躇われ、仕方なく別の場所へ移植したのだという。
移動させられてからは、芽が伸びる速度は普通の樹木レベルに戻ったようだ。
なぜあの夜だけあんな急成長をしたのか、幾ら考えてもわからない。
やがて交代の要員が来、引き継ぎを行っている時にこの話を振ってみた。
同僚:「あぁ、それは恐らくヤマンボってやつですよ」
年嵩の同僚はあっさりとそう教えてくれた。
伝わる話によれば、昔からここの山にはヤマンボと呼ばれる妖怪がいて、団栗や他の木の実を埋めては育てているのだと。
同僚:「何でそんなことするのかって、そこまでは伝えられてないですけど。思うに恐らく、自分たちが食べる樹の実を育てているんじゃないですかね。私は見たことがないんで、あくまでも想像ですけども」
「へえ」、とそれを聞いて感心したそうだ。
私にこの話をしてくれながら、彼はこうも続けた。
彼:「聞いたことがあるんだけど、日本の自然は手を加えず放っておくと森になるんだと。恐らく気候帯の所為だろうけど、ひょっとしたら俺があの夜見た、何というか精霊みたいなのがいて、樹とか森とかを育てているのかもな。そう思った」
この国にはそんな精霊もいるかもな。
聞きながら、私もそう思った。