祖父、父、そして俺は代々、実家の2階にある部屋を書斎や学習部屋として受け継いでいる。
父と祖父はそこで25歳の夏に奇妙な物と遭遇した。
その奇妙な物とは、換気のために開けてある窓の外から部屋の中を覗き込む焼け焦げた女の生首。
電気屋だった父と祖父はその生首と遭遇したときに、仕事や趣味で扱っていた半田ごてや電気ケーブルを押しつけて撃退してきた。
そしてついに件の生首が先日、俺の目の前にも出現した。
祖父、父の体験を再三にわたって聞かされてきた化学屋の俺は前々から有機溶媒でもぶっかけてやろうかと思っていた。
結局のところ、俺も祖父、父にならって撃退することとなったが、全く予想もしない方法となってしまった。
まず俺は極めてお酒に弱い。
どの程度、弱いかというと消毒用霧吹きに入ったアルコールを吸い込むだけでへなへなとなるほど。
俺の酒に関する恥ずかしいエピソードは別の意味でホラーじみているがここでは割愛する。
生首が出現する日の前夜、俺は研究室の教官に無理矢理飲まされて、早朝に這うようにして帰宅した。
そして時折、洗面器の御世話になりながら窓を全開にして涼風を浴びていた。
窓際の机の上に突っ伏していると突然、首筋にヌチャっとした触感を感じた
スライムや血の様な感触というよりも、雑巾を首にかけれた感触に近かった。
頭痛を堪えながら目を上げると、そこにいたのはお約束の覗き込む生首だった。
生首は窓枠に乗りかかっているのではなく、宙に浮く形で現れていた。
突然のコンニチハに動転した俺は奇妙な叫び声を上げた。
それが悪かった。
俺はその時、息を堪えるように二日酔いに堪えていた。
突然大きな声を出してしまったのが拙かったのか、それとも驚愕と緊張で胃腸が大きく動いたのか。
それをきっかけに堰を切ったかのように胃の内容物がこみ上げてきた。
内容物を書類の載った机の上に落とすわけにはいかない。
生首の事などそっちのけで窓の外に自然と口が向いた。
そして放物線上に窓の外に放射された吐瀉物は生首を直撃した。
吐瀉物の半分は生首に直接かかり、残り半分は首を窓の外に出したので屋根瓦に直接落ちた。
嘔吐感が落ち着いた頃、ようやく俺は生首に再度注意を払えるようになった。
生首は怒っているようにも、泣きそうなのを無理矢理笑おうとしているようにも見えた。
さすがに酷いことをしたかなと思い、何か声をかけるべきかと考えたとき、生首はすとんと屋根に落ちゴロゴロと転がり落ちていった。
すぐに1階に降りて落着地点を見て回ったが、特に生首の痕跡は発見できなかった。
結局、あとで見える形で残ったその出来事の遺物は屋根瓦上にぶちまけられた俺の胃の内容物だけだった。
この生首は俺の実家が潰されず残っている限り、俺の子孫の所にまた現れるかもしれない。
万が一、俺が結婚できるようなことがあったら是非、子供に伝えて撃退を指南しておこうと思う。
やはり心の準備ができていれば余裕を持って対処できるだろうから。