友人の話。
夜遅くに峠道を、自転車で帰宅している途中のこと。
無灯火の黒い自転車と擦れ違った。
小太りの男性が乗っていたなと思ったくらいで、気にも留めなかった。
少し経ってから、背後からベルの音が聞こえた。
振り向くと月明かりの下、無灯火の自転車が後を着いてくる。
「えっ、さっきの小父さん?」
通い慣れた峠道だが、この時間では他に通行者などいない。
女一人で走っていることが急に怖くなって、力一杯にペダルを漕いだ。
後ろの自転車は、着かず離れずの距離を保ちながら、しかし確実に着いてくる。
時折、耳障りなベルの音を響かせながら。
まこうとして、普段は通らない細い小路や、とても登る気にならない急な登りに走り込んでみたが、しばらくすると、後ろからリンリンと鳴る音が近付いてくる。
峠を下って自宅の門の中に滑り込んだ時には、安堵で思わず涙ぐんだという。
外の通りを見ると、つい先まで背後にいた筈の自転車は、影も形も見えなかった。
友人:「自分の気のせいだったかな?」
冷静になってみると、そんな気にもなってきた。
家族は既に眠っていたので、起こさないようにしながらお風呂に入る。
風呂から上がると、弟が目を覚ましていて、台所でお茶を飲んでいた。
俺:「あ、悪い。起こしちゃった?」
何気なく謝罪を口にしたところ、弟は首を振って不気味なことを言い出した。
弟:「いや、何というかさ。庭に誰かが入り込んだ気配がして、目が覚めたんだ」
友人:「気配?」
弟:「うん、誰かがうちの庭でチャリンコ乗り回してるかのような、そんな音がして。ベルを鳴らす音も聞こえたから、てっきり近所の悪餓鬼かと思って。コラァ!って外を覗いたんだけど、誰もいないんだよね、コレが」
気のせいじゃなかったんだ!
弟の言葉を聞いて、一気に恐怖が戻ってきた。
急に青くなった姉を訝しむ彼に、峠道でのことを話してみた。
話している内に彼女にも聞こえた。
庭で自転車のベルが鳴るのを。
慌てて弟と一緒に庭を確認した。
月明かりで白々とした砂の上には、誰の姿も見えなかった。
結局、その晩は姉弟二人して居間に陣取り、一睡も出来なかったという。
それ以来彼女は、帰宅が遅くならないよう注意しているのだそうだ。