叔母はいつも唐突にやってくる。
そして唐突に去っていく。
私が保育園児だった頃だ。
突然、叔母がやってきた。
叔母は、変な人だった。
いつもタンポポみたいな黄色い服を着て、早足でちょこちょこ歩き回る。
人と話すのは苦手で、いつもうつむきがちで、ほとんどの時間を絵に費やしていた。そのくせ人の噂に敏感で、やけに周りの人間関係に聡い人でもあった。
わりかし美人だったが、「ウヒヒ」と笑うので台無しだった。
そんな叔母が、突然やってきた。
そして絵を一枚置いて、帰っていった。
「おばちゃん、チョコパイあげる」
「いいの?」
「またきてね」
「ウヒヒ」
それくらいしかやり取りはしなかった。
大きなキャンバスに油彩で描かれていたのは、ウエディングドレス姿の女性だった。
知らない人である。
あまり馴染みのない、珍しいシルエットのドレスだったのが、印象的だった。
なんだかよく分からないが綺麗な絵で、私も姉も気に入っていた。
それを見て、両親はその絵を子供部屋に飾ってくれた。
それから二十数年経ったたころ、兄が結婚することになった。
お相手は兄にはもったいないくらい素敵な人だった。
二人の結婚式。
新婦が入場してきた時、私と姉は仰天した。
ドレス姿の新婦は、叔母の描いた絵にそっくりだった。
髪型も、アクセサリーも、珍しいシルエットのドレスも、そっくりそのままだった。
それこそ、絵から出てきたのかと思うほどだった。
あとになって、当日の写真と絵を比べてみたが、本当に細部までそっくりだった。
絵を参考にしてドレスを選んだのかと思って聞いてみたが、兄は絵のことなど忘却の彼方、兄嫁はそもそも絵のことなど知らなかった。
不思議な偶然なのか。
それとも叔母は、あの頃すでに兄の結婚式の様子を知っていたのか。
真相は闇のなかだ。
描いた本人である叔母は、結婚式の五年前に他界していた。
若くして癌を患い、気づいたときにはあちこちに転移をしていた。
坂を転がり落ちるような勢いで病状は悪化して、発見から数ヶ月も持たずに叔母は死んだ。
『お墓にはタンポポを供えてね』、というのが遺言だった。
叔母が最期に描いた絵は、私が形見分けに貰った。
一面のタンポポが広がる丘でピクニックをする、叔母自身の絵だった。