これは3年くらい前の11月初旬の話。
オレは札幌に住んでるんだけど、みんな北海道の洞爺湖って知ってるかな?
温泉や火山で有名。
虻田町とかって聞いたことあると思う。
5、6年前に噴火したとこ。
毎年秋になると仲間で温泉に行ってるんだけど、その年は洞爺湖畔にある某ホテル(名前は絶対に言えません)に5人くらいで泊まりに行ったんだ。
噴火のせいで客も減ってたから、どうせ行くならそこでお金落とそうぜって感じでね。
まぁ、何事も無く夜になり、お決まりの酒盛りが始まる前にみんなで温泉に入ろうってことになった。
それが夜の9時くらい。
で、風呂を出たのが9時40分くらい。
脱衣所で浴衣を着ていると、洗面台の所に年の頃なら70歳くらいの酔っ払ってるお爺さんが座ってた。
酔って温泉に入るのは危ないなぁ~と思ってたんだけど、お爺さんも風呂からあがった後だったみたいだから、何も言わずにそこを出た。
そして酒盛りをしていたら、友人のK(元警官)が深夜二時にもう一回風呂入ろうぜ、って言ってきたので、オレとK二人でまた風呂に行った。
そこの一番でかい浴槽は長方形で、温度によって四つに分かれてるんだけど、お湯は一緒なのね。
浴槽が段々になってて、左から右にお湯が流れてる仕組み。
左が一番熱くて、右に行くと少しぬるくなる感じ。
オレ達二人は一番右の浴槽(ぬるい方)に入ってて、風呂の中は湯気でほとんど見えないんだけど、オレ達含め4人しか入ってないっぽかった。
んで30分くらいして二人とも出たんだけど、脱衣所に入ると先に出てた30歳代くらいの二人が、こそこそなんか話してるんだよね。
しかもこっちをチラチラ見ながら。
でもそんなのお構いなしで着替えてたんだけど突然その二人が話しかけてきて、「あのさぁ、一番熱いほうの浴槽に人みたいの浮かんでなかった」って。
はっ?なに言ってんだこの兄ちゃん達は、と思ってたら、「ちょっと見にいってみ」って言われて、まさかと思い二人で見に行ったんだ。
湯気で視界の悪い中ゆっくり浴槽に近づくと・・・。
いる・・・確かに何か浮かんでる。
ヤバイと思いすぐに脱衣所に向かった。
そして二人で顔を見合って、「あれ・・・さっきの酔っ払ってたお爺さんだよな」
二人の意見が一致した。
とにかくまだ息があるかもしてないって思って、そこにいた4人で引き上げようってことになった。
今度は4人で浴槽に近づく、だんだんはっきり見えてきた。
やっぱりさっきのお爺さんだ。
そう思って手を伸ばそうとしたときにKが静かな声で言った。
「ちょ、ストップ、動くな・・・いいか、よおく見ろ」
みんなKの方を見た。
そしてゆっくり浴槽に目を移した。
すると、うつ伏せのお爺さんの体からいろんな物がお湯に溢れていた(みんな解るよね)。
4人とも言葉を失い、誰も何も喋らない。
一瞬の沈黙が支配した・・・するとKが、「いいか、出てるということは、もう死後硬直が始まってる。もう確実に死でるってことだ・・・わかるよなオレの言ってること」
オレはKの言っていることを理解していなかった。
そしてまた手を伸ばそうとしたとき、「待てって」・・・Kの声がした。
そしてKは続けた。
「引き上げてもいいが・・・これは普通じゃない、長い時間お湯につかってるんだぞ。これから見るものは・・・みんな一生頭から離れることはない・・・その覚悟が出来てるのか、出来てるなら引き上げよう」
また沈黙した。
そして誰からともなく風呂を後にした。
ホテルの人を呼び、すぐに警察に電話したみたいだった。
オレ達二人は面倒に巻き込まれるのが嫌だったから、第一発見者は30歳代の二人ってことにしてすぐに部屋へ戻った。
そして部屋の窓から外を見ていると、パトカーが赤色灯も回さず、サイレンも鳴らさずにホテルにすべりこんだのが見えた。
三十分後、気になって風呂のほうへ様子を見に行った。
なにやらお爺さんの親族っぽい人とホテルの人が言い合ってるみたいだった。
要約すると、ホテルの従業員も、警察が来るまでお爺さんの遺体を風呂から引き上げなかったことに対しての罵声だった。
オレもなんか嫌な気分になった。
そして朝を迎えた。
そこのホテルは朝になると男湯と女湯が入れ替わるところで、オレ達男湯は大丈夫だろう、しかし女湯のほうは・・・と思っていたら。
なんと事故の起きた女湯(入れ替わってる)も普通に開いてた。
えっ、ひょっとしてお湯とか抜いて清掃してないのか・・・。
だって時間的にさ、おかしいよね。
風呂が開くまでの二時間くらいで、湯を抜いて清掃ってできるのかぁ。
オレ達は凹んだまま朝湯につかり、昨日の事を思い出していた。
するとふとと思った。
Kと二人で入った浴槽は一番右、事故が起きた浴槽は左、そこのお湯の流れは左から右に流れてる・・・ということはオレ達のつかってたお湯って・・・。