小1の夏休み、杖にすがってよたよたと夜の山道を歩いている1人のお婆さんを見かけたことがある。
父の車で、東北の親戚の家に遊びに行く途中のことだ。
お婆さんは骨と皮に痩せて、背中が曲がっており、90歳近くに見えた。
麓の村まで山道を2時間は歩かなければならないような場所だったから、さすがに父も気にして車から降り、お婆さんに話しかけた。
お婆さんは認知症が入っているのか、「家に帰るところです」の一点張り。
父が送って行くと言っても、ひどく警戒して車に乗るのを嫌がる。
安心させるために私が出て行って、手を引っ張っても駄目だった。
仕方なく父は車に戻り、「おじさんに教えよう」と急いで車を走らせた。
親戚の家は山奥の一軒屋だったはずだが、近くに人が越してきたのかもしれない。
家の人に知らせて、一緒にお婆さんを迎えに行こうと考えたのだ。
しかし親戚は、この付近には誰も越して来ていないと言う。
父は慌てて車でお婆さんを探しに行き、親戚は駐在所に電話。
父は夜中過ぎまで探し回ったが、お婆さんの姿はなく、翌日役場にも連絡したが、老婆の捜索願は出ていないということだった。
記憶がおぼろだが、その後何日かは消防団?も捜索に出てくれた気がする。
だが結局、お婆さんの形跡さえ見つけることは出来なかった。
30年以上前の話だが、痴呆老人の行方不明ニュースを見ていると、今でもこの時のことを思い出す。
お婆さんがいた場所は、老人の体力でたどりつけるような場所ではなかった。
あのお婆さんは、本当に自力であそこまで歩いたのだろうか、と。