仕事仲間の話。
遠い山間での住宅改装を請け負った彼は、毎日のように山中の峠道を越えていた。
きちんと整備された道路も造られているのだが、回り道の上に信号が多く、渋滞に巻き込まれる率が高いので、舗装もされていない寂しい峠を通っていたそうだ。
ある日、仕事が押してすっかり遅くなってしまった晩のこと。
突然、車体後部で破裂音がして、まともに運転が出来ないほど激しく震動し始めた。
車を止めて確認すると、右後輪がバーストを起こしている。
溜息を一つ吐き、スペアタイヤの交換に入った。
運悪く室内灯が切れていた。
手元が暗いため、非常用の工具が中々取り出せない。
と、後方より明かりが差し込まれた。
通り掛かった誰かが助けてくれた様子だ。
「これはこれは、どうもありがとう」
目当てのレンチを手にして、礼を述べながら振り返る。
そこには、古めかしい提灯(ちょうちん)を手にした着物姿の小さい人影が、ぽつねんと立っていた。
「えっ、このご時世に提灯?」
虚を突かれた。
一瞬言葉に詰まり、ようやっと「・・・あの」と声を掛けた途端。
提灯は地面に落ちて消え、次の瞬間、辺りは闇に包まれた。
目が闇になれる頃、ボロボロになった提灯が、地面に転がっているのがわかった。
それを掲げていた人影は何処にも見えない。
拾い上げてみたが、とても火を灯したりなど出来ない程の痛み方だった。
「どこのどなただかわかりませんが、ありがとうございました」
取りあえず丁寧に礼を述べてから、作業を続けたのだという。
「その提灯、どうしたんですか?」と私が問うと、「ちゃんと持って帰って、きちんと燃えるゴミの日に出したよ」と、あっさりとそう答えた彼だった。