小学校の教員をしていた友人から聞いた話。
当時友人が勤務していた小学校は、都市部と田園部が半々の「とかいなか」といった所だった。
ある初夏の頃、学校の校庭にある手洗い場の石鹸が盗まれるという小さな事件が続いた。
水道の蛇口の根元に縛り付けられた、赤いビニールネットに入ったレモン石鹸である。
新しいものに付け替えても、すぐに何者かがカッターのようなものでネットを切り裂いて、中の石鹸を持ち去ってしまうのである。
始めのうちは「物好きもいるものだ」と職員室の軽い話題でしかなかったが、事件が頻発し目撃者がだれもいないという事で、やがて校舎の内外を管理する教頭が乗り出してきた。
教頭は「いたずら者を捕まえて、しっかりと指導しなくては」と意気込んで、付近の見回りを強化したのだが、犯人の目星もつけられないまま夏休みになった。
休み中も犯行はぽつぽつと続き、一部の児童は「学校の七不思議だ!」と色めき立った。
やがて秋になり運動会も終わった頃、台風がやって来て周囲の小川を氾濫させたり、校庭のヘチマ棚を飛ばしたりと、この地域にも多少の被害をもたらした。
台風騒ぎの最中は例の石鹸盗難事件はなかったのだが、その後は1学期同様に続いたので管理する教頭を悩ませた。
その頃、教頭は奥さんから自宅の雨どいの掃除を頼まれていた。
どうやら先の台風で落ち葉が雨どいに詰まってしまったようである。
「雨水が溢れて困るから早くして」とせっつかれた教頭は、高い所は大の苦手で気乗りはしなかったが梯子をかけて渋々屋根に上ったところ、我が目を疑った。
雨どいの中が黄色いのである。
まさか・・・と目を凝らしたがやっぱり黄色。
詰まっていたのは落ち葉ではなく、なんとものすごい数のレモン石鹸であった。
しかもそれらを良く見ると使い古して小さくなったものではなく、どうも学校で度々盗難にあっていた、あのレモン石鹸のようだった。
何で俺の家の雨どいにこんなものが・・・と恐怖と冷や汗でクラクラしつつも、教頭は丸一日がかりで石鹸を全部取り除いたそうだが、数えてみると60数個もあったという。
結局のところ、未だに目撃者すらいないこの謎の石鹸騒動の犯人はというと、どうもカラスしか考えられないのではという結論に達した。
学校から教頭の家まで約3キロ。
自家用車で通勤していた訳だが、カラスが校庭の水道の所から嘴でネットを破り、石鹸をくわえて、よりによって何故か教頭の家の雨どいに運んで・・・。
はたしてカラスにそんな芸当ができるのだろうか?
それとも別の何かの仕業なのだろうか?
実際に他に六つあったかどうかは知らないが、そこでこの出来事は正式に「学校の七不思議」に昇格する事となったそうである。
その後、校庭の水道のレモン石鹸はポンプ式のものに付け替えられたのは言うまでもない。