その悲鳴がずっと消えない

カテゴリー「心霊・幽霊」

俺の住んでる地域は、全体がかなり古い。
景観の保全だか知らないけど、築百年は越える民家がそのまま使われていたりする。

そんな土地柄なもんだから、昔からの風習が残っている。
婆さん達は朝夕に神棚へのお参りを欠かさないし、夏には虫送り。
地域伝統の神楽舞は、今でも小学校で教えている。

GWの話だ。
その時は、従兄が東京から遊びに来てた。
父の弟の息子で、俺とは三つ違い。
叔父夫婦は県内に住んでるんだけど、従兄は大学に通う為に、上京していた。

久しぶりに会った従兄は、間歩に潜ろうと誘って来た。
坑道のことを間歩というんだけど、元々が鉱山町だったので、地元には間歩の跡がたくさん残っている。

間歩の中は、涼しい。その日は馬鹿みたいに天気が良くて、くそ熱いのにクーラーどころか扇風機もまだ出していなかったから、俺はすぐに誘いに乗った。

もちろん立ち入りは禁止されてるが、地元の子どもなら一度や二度は、大人の知らない間歩の入り口を探すもんだ。
俺もそんな秘密の間歩への入り口を、ひとつだけ知っていた。

無遠慮な程陽射しが降り注ぐ山道を、チャリで数分。余談だが、間歩へ続く山肌には段々重ねに古い墓が立ち並んでる。
鉱山で死んでった人夫の墓だ。

俺達の集落は、そうやって、寺や墓を引き連れて、山の上からだんだんと山裾へおりてきたそうだ。

間歩への入り口は、シダの葉に覆われるようにしてある。小さな頃に何度も潜った入口だ。

間歩の中には、俺達が目指した涼しさがあった。

陽射しが届かないからだけじゃない。
土自体が、間歩の中はつめたい。
この間歩がどこまで続いてるか。
子どもの頃は、よく探検したもんだ。

今考えると危険きわまりない。
間歩の中は入り組んでいるから、迷子になったり、整備されてないから生き埋めになる可能性だってあった。

大人になった俺達なら、それがどんなに危険なことかわかっている。
わかってるから、俺達は細心の注意をしつつ、探検することにした。

ろう石で、分かれ道に目印を刻みながら進む。
懐中電灯は二本。入口からのか細い光が途絶えると、暗闇を照らすのはその二本の灯りだけだ。

壁に手をあてながら歩く。

俺たちは他愛ない話をしながら進んだ。

俺は東京に行ったことがないから、従兄の大学生活の話はおもしろかった。

ふいに従兄の持っていた懐中電灯が消えた。
数度点滅した後に、まったく点かなくなった。

電池切れかな、おかしいな、なんて言いながら、俺達は進むか戻るか悩んだ。
もう一本の懐中電灯が消えれば、辺りは暗闇だ。

もう少しだけ先に進もう。

そう言ったのは従兄だった。

俺は戻りたかったけど、従兄が譲らないので仕方なしに先に進んだ。

口数はさっきよりも減っていた。

ぽつりぽつりと言葉をかわす。
それも途絶えて、無言の中、俺と従兄は先に進む。

何の為に歩いてんだかわかんなくなってきた。

帰りたい。
従兄に訴えるが、従兄はいうことをきかない。

もう少し。
もう少し。

こいつは一体なんでそんなに奥へ行きたがるんだ?

俺は苛立ってきた。

懐中電灯を持ってんのは俺だ。
俺が帰れば従兄だって帰らずにはいられない。
先を進む従兄に、俺は背を向けた。

従兄は動かなかった。

でも灯りがなくなれば、あきらめて追って来るだろう。
そう考えて、俺は戻る足を早めた。
従兄の姿はすぐに見えなくなった。

悲鳴。

ぎょっとする程の声が辺りに響きわたった。
まさかそこまで怖がらせるとは思わず。
慌てて従兄のもとへ戻る。

従兄はさっきの場所に立ちすくんでいた。
俺に気づいて首を振る。

おれじゃない。

一瞬従兄が何を言いたいのかわからなかった。
でもすぐに気付いた。

従兄は叫んでない。
なのに辺りには悲鳴が響いてる。

誰が叫んでんだ。

わかんなかったけど、早くここから立ち去らなきゃって思った。

動かないままの従兄の手首をつかんで、戻る。
間歩の中は岩がでこぼこしていて、頭をかがめなくちゃいけない場所もあるから走れない。

もどかしい。

悲鳴は途絶えない。

ついてきてるのか。
遠ざかりもしない。

甲高かった悲鳴には、いつしか重低音が加わっていた。

唸り声にも似た声が、とどろく。

逃げなきゃ。

けれど気づけば唸り声は入口の方からも聞こえてくる。

後ろも。
前も。

甲高い悲鳴と重低音の唸り声に、俺たちは取り囲まれていた。

懐中電灯が点滅する。やばい、と思った瞬間、懐中電灯が消えた。

スマホを開いた。
懐中電灯よりも頼りないけど、照らせない程じゃない。

従兄を見ると、青ざめた顔で何かをしきりにつぶやいていた。

どこだどこにおけばいいんだどこだどこどこどこ・・・・・・。

思えば従兄はおかしかった。
何であんなに奥まで進みたがったんだ。

従兄は何を知ってる。

問い詰めると、従兄は脱力したように膝をつき、俺にポケットから出したものを押し付けて来た。
黒っぽい石。
直観した。銀鉱石だ。

昔、この鉱山に潜っていた人夫達が、求めていたもの。
見覚えがあった。

うちの神棚に供えてあったものだ。

婆さんが朝な夕なに拝んでる。

なんでこんなもの持ってきたんだ。
でもきっと、声はこの石のせいだと思った。

俺は奥へ向かって石を投げた。

従兄が止めようとしたが知らない。
人夫達の求めるものをやれば、声が止まると思った。

どこか見えない遠くの方で、石が落ちる音がした。

声は、止まない。

高音。
低音。

耳障りな音が頭をかきまわす。

なんだか頭痛がしてきた。

気持ちが悪い。
立っているのがつらい。

石をやっても駄目だった。
じゃあどうすればいいのか。
逃げるしか、考え付かなかった。

従兄を引っ張って戻る。
ろう石でつけた目印を探す。
スマホの灯りじゃわからない。
従兄が俺を引き戻そうとする。

ちがう。
そうじゃない。
わかった。
いまわかった。
つれていかなきゃ、だめなんだ。

悲鳴と唸り声の渦の中、従兄が訴えていた。

でも頭が痛い。
何を言われてるかわからない。

俺は早く外へ出ることしか考えられない。

外へ。
外へ。
外へ。

従兄が俺の腕を振り払って奥へ走っていった。

連れ戻すか。
でも動けない。
頭が痛い。
外はどこだ。
光は。

何重もの音が、俺の身体にへばりついてる。

重くて、俺は動けない。

息が苦しい。
あれ程疎んだ、暑い陽射しを求めて、俺は気を失った。

気づけば俺は、間歩の外にいた。
草の上に寝かされていた。

隣には従兄がいて、手にはあの石を持ってた。
見つけてきたのか。
灯りもないのに。

俺の視線に気づいた従兄が、自分のスマホをちょっと振って見せた。

従兄の話を聞いたところに寄れば、石は、従兄を呼んだらしい。
従兄はうちに来てから、頻繁に狭い所に閉じ込められている夢を見たそうだ。

そこには外から願いが降ってくる。
銀が採れますように。
豊かな暮らしができますように。
その願いが、従兄には重く感じる。
息苦しい。
外に出たいと思う。

それが神棚の銀鉱石が見せる夢だと、直観した時、従兄は間歩に行かなければと思ったそうだ。

理由なんてない。
ただそうしなければと感じた。

銀鉱石は間歩に戻りたいんじゃないか、あるべき場所におさめれば夢がやむんじゃないかと考えたのは、間歩に行かなければと思った後だそうだ。

そして、間歩で声に襲われ、従兄は気付いた。
石と一緒に、この声を連れて出て行かなければいけないと。

俺には声にしか聞こえなかった音は、従兄には、ちゃんと言葉として聞こえていたらしい。
声は、外に出たがっていた。

俺と同じに。
従兄は石を、東京に連れて行くと言った。

俺には石の声は聞こえなかった。
けれど従兄には、今もずっと聞こえているそうだ。

石の叫ぶ、声が。

鉱山の人夫は、三十を待たずに命を終える。
ここで生まれて、ここで育って、小さな頃から間歩の中に入り、鉱山の人夫としての生き方を覚える。

人夫の稼ぎはいい。
当時としては破格の金額で雇われていたと教わった。

きっと、その金は人夫の生活を豊かにしたんだろう。
多くは望んで働いていたそうだ。

でも。この場所から出られず、この生活しか知らず、狭い田舎の、もっともっと狭い岩と岩の間みたいな間歩で生きてきたら。

願うんじゃないか。
広い空を。
自分の知らない世界を。
だって、この場所しか知らない俺は、東京で暮らす従兄がうらやましかった。

草の上に転がって、見上げる青空は、遠くて深くて、眩しい。
目にしみるほど。

従兄は石を連れて東京に帰った。
声が止んだのか、俺は聞いてない。

夏休みにはまたこっちに来るそうだから、直接、話を聞こうと思う。

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