忘れたくても忘れられない、私にとっては強烈な実体験です。
あの頃私は疲れていた。
肺に持病をもつ義父が亡くなって喪があけた直後、母が難病で入院し徹夜の看病が数ヶ月続いていた。
半年前から予約していた旅行も諦めていたが、妹達は看病疲れの私に気分転換するようにと送り出してくれた。
四国の吉野川は全国でも有数のラフティングスポット。
初心者の私には決して優しい場所ではないことは予想できたが、そこで起こったことは想像を絶する出来事だった。
8人乗りのボートは6艘。
私は先頭のボートだった。
激しい川の流れに翻弄されながらも私達は大騒ぎしながら楽しんでいた。
出発して2時間ほど過ぎた頃だったか、ガイドが
「あれ、何だろ?」
とつぶいた。
ふと見ると黒くて丸いボールが浮き沈みしていた。
??私は何気なく身を乗り出してそれを確認すると・・・
うつ伏せの男性が流されてる!!!!
一瞬で全員凍りついた。
言葉も出ない。
「彼」は白いポロシャツにベスト、チノパンに白いスニーカーの中年男性だった。
ガイドは他のボートを停止させ私達だけが「彼」を追いかけることになった。
しかし川の流れは激しく、初心者ばかりの私達はなかなか「彼」に追いつけない。
中には震えて泣き出す子もいた。
私は思わず叫んだ。
「しっかり漕いで!みんなで漕がなきゃ追いつけないよ。今救助すればまだ間に合うかもしれないじゃない!!」
その瞬間、低い声が聞こえてきた。
「いやだいやだこのまま流されるのはいやだ。このまま海の藻屑になるのはいやだ。帰りたい。家に帰りたい。ここはいやだ寒い冷たい・・・」
水の中から「彼」を追いかける私達の映像が頭の中にあざやかに見えた。
まるで自分自身が流されているかのように。
不思議な感覚だった。
その時あんなに追いつけなかった「彼」がす~と私のもとに流れてきた。
「つかまえた~!!」
私は彼のベストにオールを引っ掛けてガイドを呼んだ。
そしてガイドと一緒に「彼」を思いっきり引き上げた。
しかし、その時彼のシャツがめくりあがってお腹が見えた。
赤青紫の死斑がブワァ~とうきあがっていた。
手はグローブのようにふやけてろうそくのように真っ白で腕から皮がベローンとたれさがっていた。
間に合うどころではない。
警察に通報しボートをつけやすい砂地をさがした。
「何か臭わないか?」誰かが言った。
次の瞬間猛烈な腐敗臭が襲ってきた!
おもわず顔を伏せると足元が赤い??
えぇ!!!!!!
後ろに乗せた「彼」を見ると目鼻口耳から血が流れ出している~~~~~~!!!
このままじゃ血の海になる!!!
みんな死に物狂いでオールをかきまわして必死で漕いだ。
砂地にボートをつけるとみんな蜘蛛の子を散らすように逃げた。
後からきたボートのガイドと一緒にガイド達は「彼」を砂地へおろした。
私は横たわった彼の元でどうか成仏できますようにと手をあわせた。