Sさんの村では重病人が出ると、村人が寄り合って(寄り合い=集まること)夜神社にお参りし回復祈願をするという風習がある。
10ン年前の真冬の出来事。
村人の一人が手術を受けることとなり、その晩村でお宮参りをすることとなった。
その日、仕事で遅くなったSさんが、最終バスで村に帰り着いた頃には、辺りはすでに真っ暗になっていた。
家に向かって歩き始めたSさんは、通りの向こうから230人位の集団がこちらに向かって近付いて来るのに気がついた。
朝、母親からお宮参りがあることを聞いていたSさんは、特に不審と思わず、自宅と社への道が途中まで一緒ということもあり、立ち止まって列の後ろについた。
(ただこの時、何となくではあるが、列の先頭を歩きたくないとも思ったそうだ。)
途中から列に加わったSさんに、誰も注意を払おうとしない。
集団は2列となり、昼間に降り積もった雪の中をゆっくりと進んで行った。
いつもならば、世間話の一つでもしながらにぎやかく進んでいくのに、この日に限って皆うなだれ、小さな声でお経のようなもの呟いている。
あまりの静かさに、Sさんは足音を立てるのすら憚られ、妙に息苦しい雰囲気を感じた。
「お宮参りには、母も参加しているはず」
Sさんは、最後尾から母親の姿を探してみた。
が、先頭にでもいるのか見あたらない。
周りの人も見覚えはあるのだが、どこの誰なのか判らない、それに何か引っ掛かる。
そのうち、列は社と家との分かれ道にさしかかった。
一言挨拶してこの列から離れるか・・・。
しかし、声を発してこの人達の注意を自分に向けさせるのは、何故か怖ろしいことのようにSさんは感じた。
「このままお宮までついて行って、母と帰ってくるか・・・」などと考えていると、斜め前を歩いていたおばあさんが急にSさんに振り向き、人差し指を口に当て無言のまま「しーぃ・・・(静かに)」というかっこをした。
そして、列から離れるよう手振りで示した。
云われるままSさんはゆっくり列から離れ、その行列が社の方角に進んで行くのを見送った。
列から離れる時、おばあさんはSさんに向かってにっこり微笑み、Sさんも懐かしさを感じながら会釈した。
そこではじめてSさんは、誰も足音を立てていなかった事、誰も懐中電灯を持っていなかったのに行列全体がぼんやりと薄明るかったことに気がついたという。
家に帰り着いたSさんは、お宮参りに参加しているはずの母親が居たことに驚く。
更に驚く事に、回復祈願の当人が手術中に死亡した為、お宮参りは中止になったというのだ。
「お宮参りはなかった。では、私が出会ったあの行列は何だったのか?」
そこまで考えた時、Sさんはあっと声を上げた。
歩いていた最中に感じた引っ掛かたもの。
あの行列の真ん中辺りにいたのは、この夜手術中に亡くなった人ではないか!
そして、Sさんにこっそり列から離れるように指示してくれたおばあさんは、Sさんが子供の頃、Sさんを孫のように可愛がってくれた近所のおばあさん(故人)であったことに気がついた。
あの行列が向かっていった先には、たしかに神社もあるが村の墓地もあるという。