知的障害を持った同級生

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

小学6年の頃、Aという知的障害を持った同級生がいた。
こいつはほとんどの授業を養護学級で受けてたんだけど、ときどき俺たちの教室で一緒に給食を食うことがあった。

Aは常に鼻水やヨダレを垂れ流し、ニヤニヤと笑ってる奴だった。
俺は子供ながらに、そんなAが薄気味悪くてしょうがなかった。
Aが給食を食いに来たときは、みんな腫れ物にでも触るような、先生までもが異様な緊張感を持っていた。

何故なら、一度クラスの問題児Bが、先生が給食の最中にトイレへ立った隙に、Aの口に無理やりコッペパンを押し込み、Aは顔を真っ赤にしてむせ返りながら激しく嘔吐、それだけならまだよかったんだけど、吐き出したゲロの中に、明らかにゴキブリと思われるものや、ミミズ、カナブン、
頭がもげて胴体だけになった虫が数匹混じっていた。

教室は女子の悲鳴と男子の叫び声で大パニックになった。
先生が駆けつけ、Bはその場で先生に殴られ号泣、Aは口と鼻からドロドロの胃液をぶら下げたまま、「あかあさぁぁああーーーーーん!!!!」と、何度も泣き叫んでいた。

そしてその日の午後、Aの母親がクラスへ乗り込んできて、俺たちの目の前で先生のことを無茶苦茶に罵倒した。
Aの母親は、まるで鬼婆のような見た目だった。
細く鋭い三白眼の目、白髪の混じったボサボサの髪をくくりもせず、虫食いのある毛玉だらけのセーターと、糸がほつれた短パンを履いていて、前歯の何本かが真っ黒になっていた。

見た目に圧倒されて何を言っていたのかあまり覚えてないけど、「お前なんか教師をする資格ない!今すぐ辞めろ!教育委員会に訴える!」と、そんなことを叫んでいた。

先生は顔面蒼白のまま、言われ放題なのを我慢していた。
教室の空気は完全に凍りつき、Aの母親が帰ったあと、何人かの生徒は具合が悪くなり早退し、先生までもが体調不良で早退していった。

後日、先生とBと、Bの母親で連れ立って、Aのもとへ謝罪しに行ったらしい。
それからほどなくして、Bは転校してクラスから居なくなった。

このことがあってから、Aが給食を食べにくる時は、クラス全体が異様な緊張感で包まれるようになった。

そしてある日、俺の目の前でAが給食を食うことになった。
机を挟んで向かい合わせに座ったAは、いつものニヤけ顔で飯を食い、牛乳を手にとって飲もうとした瞬間、俺と目が合い動きを止めた。

牛乳瓶をもったまま目を大きく見開き、口をパクパクさせながら何か言おうとしてる。
ただでさえAのことを嫌っていた俺は、その顔を見て無性に腹が立ってきた。

「何だよ・・・何見てんだよ」

あの鬼婆のような母親のことを思い出すと、強くは出られなかった。
ただ、言い方は悪いけど、まるで障害児に馬鹿にされてるような気がして悔しく思い、せめてもの反撃じゃないけど、Aのことを精一杯睨み付けてやった。

すると、瞬きひとつしない見開かれたAの目に、見る間に涙が溜まっていき、口からは租借しかけの飯がヨダレに混ざって流れ落ちてきた。
そしてAは、俺から一瞬たりとも目をそらさないまま急に叫びだした。

「こわい!こわい!おかあさああーーん!この人の後ろこわい!!!」

みんなの視線が一気に俺とAに注がれ、静まり返った教室にAの叫び声だけが響いた。

先生も一瞬何が起こったのかわからなかったようだけど、すぐにAのところへ駆け寄ってきて「どうしたA!何があった!」って言いながら、Aの背中を必死でさすっていた。
その間もAは俺から一切視線をそらさず泣き叫び続けた。
あまりのことに怖くなった俺は、席を立って仲の良かったCの所へふらふらと歩み寄った。

「何なんだよあいつ・・・」

俺はそうつぶやくのが精一杯だった。
先生は青ざめた顔で、すぐさまAの母親に携帯で連絡した。

しかし、今回に関しては誰にも落ち度がないので、Aの母親も説明を聞いて、黙ってAを引き取って帰っていった。
でも、Aの母親は帰り際に言ったんだよ。

汚物でも見るような目で俺を見据えながら「かわいそうに・・・・#%$&」って。
かわいそうに、その後に何を言ったのかは聞き取れなかった。
俺はいったいそれが何を意味するのか全く理解できなかった。
しかし、不快感と恐怖にやられてか、やはり俺も気分が悪くなり、その日は早退することにした。

早退することをCに告げると、Cも一緒に早退して、家まで送ってくれることになった。
このときのCの優しさには、心から感謝したことを覚えている。
しかし、帰り道でのCとの会話は、まったく穏やかなものにならなかった。

C「あのさ・・・あんまり言いたくないんだけど、Aが叫んでた時、あいつどこ見てた?」

俺「どこって、ずっと俺と目合わせてたじゃん。マジで気持ち悪かったぁ・・・」

C「俺も最初はS(俺)のことを見てると思ったんだけど、あいつ、何かSの耳のあたりを見てなかった?」

俺「えっ、いや・・・確か俺とずっと目があってたけど・・・」

C「そっかぁ、それならいいけど・・・あいつ後ろ怖いとか言ってたし、気になってさ」

確かにAは、この人の後ろ怖いと叫んでいた。
突然の出来事にそこまで気が回らなかったけど、思い返すと不自然に感じた。

C「あとさ、あいつのあの般若みたいな顔した母親、帰り際にSに言ったじゃん。かわいそうに、道連れにしてやれって」

俺「えっ、道連れって・・・どういう意味だろ・・・」

C「何か怖いよな・・・」

俺は急に怖くなって、Cにぴったりとくっつくようにして家まで帰った。

翌日俺は、急に高熱が出て学校を休んだ。
昼になり、ベッドでおかゆを食べながらテレビを見てると、怪訝な顔をした母が、携帯を片手に部屋に入ってきた。

母「ちょっとS、昨日のA君のお母さんから電話がかかってきたんだけど、どうしてもSに変わってくれって言ってるの。どうする?嫌だったらいいのよ。お母さん断ってあげるから」

熱のせいで体もだるく、到底あの鬼婆と話すような気力はないと思ったけど、もし電話に出なかったことで逆恨みされ、家族にまで何されたら怖いと思い、いやいやながらも電話に出ることにした。

俺「もしも・・・」

「もしもし、Aの母親ですけど、S君ね?」

酒焼けのような汚い声だったけど、先生に罵声を浴びせた時と違って、優しい喋りかたで、俺は緊張はいくらか解きほぐされた。

「昨日はAがごめんなさいね。実はあの子、見えるのよ」

俺「えっ・・・見えるって・・・」

「昨日Aに聞いたらね、S君の肩のところに、真っ黒な顔をした女の人が、頭や口から血を流しながら笑ってたんだって・・・」

Aの母親の神妙な話し振りに、俺はどんどん血の気が引いていくのを感じた。

「でもね、大丈夫。だってほら、人ってどうせいつかは死ぬんだし、あんたもそうやって五体満足で生まれてきて、Aに比べれば随分楽しい思いもしただろう」

俺「えっ・・・」

「お前らみたいに自分がどれだけ恵まれてるかも知らずに、人の不幸も理解できない馬鹿親に育てられてるクズは、化物にでも何にでも呪われて死ね!それがお似合いなんだよ!!!あははは!さぞ怖い思いするだろうねえ!前のBって奴は、転校した先で畑のトラクターに轢かれて死んだらしいぞ!あははは!!」

携帯をもつ手が冗談みたいに激しくガタガタと震えて、異変を察した母が携帯を取り上げた。

母「ちょっと、どうしたのS!もしもし、A君のお母さん!?もしもし!!!」

すでに電話は切れていたらしい。

それから一週間、俺は熱がまったく下がらず、病院に入院することになった。
病名は肺炎だといわれたけど、そうじゃないのはすぐにわかった。

新しい薬を点滴されるようになってから、吐き気や頭痛がとまらなくなった。
数日後、髪の毛がごっそり抜け落ちた時、俺は、これはテレビで何度も目にした白血病の症状とまったく同じだとすぐに気づいた。

Aの母親に言われたことは誰にも言わなかった。
たぶん俺はもう死ぬに違いない。
毎日毎日、治りもしないのに苦しい治療ばかりされて、死にたいと思うようになった。

仲の良かったCは何度も見舞いに来てくれたけど、Cが中学に上がってからはほとんど見舞いに来なくなった。

生きる希望なんてものはまったくなかったんだけど、奇跡的に骨髄提供者が見つかり、俺は今現在23歳になるんだけど、再発がないまま何とか生きている。

あの時のAの母親の言葉は、俺を怖がらせるための嘘だったんだろうか。
ふとそんな風に思うときもある。

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