※このお話には『ヒッチハイク(前編)』があります。
カズヤも俺も黙り込んだ。
誰かが女子トイレに入っているのか?何故、泣いているのか?
カズヤ:「なぁ・・・お前確認してくれよ。段々泣き声酷くなってるだろ・・・」
正直、気味が悪かった。
しかし、こんな山奥で女の子が、寂れたトイレの個室で1人泣いているのであれば、何か大事があったに違いない。
俺は意を決して女子トイレに入り、泣き声のする個室に向かい声をかけた。
俺:「すみません・・・どうかしましたか?」
返事はなく、まだ泣き声だけが聴こえる。
俺:「体調でも悪いんですか、すみません、大丈夫ですか」
泣き声が激しくなるばかりで、一向にこちらの問いかけに返事が帰ってこない。
その時、駐車場の上に続く道から車の音がした。
カズヤ:「出ろ!!」
俺は確信とも言える嫌な予感に襲われ、女子トイレを飛び出し、カズヤの個室のドアを叩いた。
カズヤ:「何だよ」
俺:「車の音がする、万が一の事もあるから早く出ろ!!」
カズヤ:「わ、分かった」
数秒経って、青ざめた顔でカズヤがジーンズを履きながら出てきた。
と同時に、駐車場に下ってくるキャンピングカーが見えた。
カズヤ:「最悪だ・・・」
今森を下る方に飛び出たら、確実にあの変態一家の視界に入る。
選択肢は、唯一死角になっているトイレの裏側に隠れる事しかなかった。
女の子を気遣っている余裕は消え、俺達はトイレを出て裏側で息を殺してジッとしていた。
頼む、止まるなよ。
そのまま行けよ、そのまま・・・。
カズヤ:「オイオイオイオイオイ、見つかったのか?」
カズヤが早口で呟いた。
キャンピングカーのエンジン音が駐車場で止まったのだ。
ドアを開ける音が聞こえ、トイレに向かって来る足音が聴こえ始めた。
このトイレの裏側はすぐ5m程の崖になっており、足場は俺達が立つのがやっとだった。
よほど何かがなければ、裏側まで見に来る事はないはずだ。
もし俺達に気づいて近いづいて来ているのであれば、最悪の場合、崖を飛び降りる覚悟だった。
飛び降りても怪我はしない程度の崖であり、やれない事はない。
用を足しに来ただけであってくれ、頼む・・・俺達は祈るしかなかった。
しかし、一向に女の子の泣き声が止まらない。
あの子が変態一家にどうにかされるのではないか?それが気が気でならなかった。
男子トイレに誰かが入ってきた。
声の様子からすると父だ。
「やぁ、気持ちが良いな。ハ~レルヤ!!ハ~レルヤ!!」
どうやら小の方をしている様子だった。
その後すぐに、個室に入る音と足音が複数聞こえた。
双子のオッサンだろうか。
最早、女の子の存在は完全にバレているはずだった。
女子トイレに入った母の、「紙が無い!」と言う声も聴こえた。
女の子はまだ泣きじゃくっている。
やがて父も双子のオッサン達(恐らく)も、トイレを出て行った様子だった。
おかしい・・・。
女の子に対しての、変態一家の対応が無い。
やがて母も出て行って、変態一家の話し声が遠くになっていった。
気づかないわけがない。
現に女の子はまだ泣きじゃくっているのだ。
俺とカズヤが怪訝な顔をしていると、父の声が聞こえた。
「~を待つ、もうすぐ来るから」
何を待つのかは聞き取れなかった。
どうやら双子のオッサンたちが、グズッている様子だった。
やがて平手打ちの様な音が聴こえ、恐らく双子のオッサンの泣き声が聴こえてきた。
悪夢だった。
楽しかったはずのヒッチハイクの旅が、なぜこんな事に・・・。
今まではあまりの突飛な展開に怯えるだけだったが、急にあの変態一家に対して怒りがこみ上げて来た。
カズヤ:「あのキャンピングカーをブンどって、山を降りる手もあるな。あのジジィどもをブン殴ってでも。大男がいない今がチャンスじゃないのか?待ってるって、大男の事じゃないのか?」
しかし、俺は向こうが俺達に気がついてない以上、このまま隠れて、奴らが通り過ぎるのを待つほうが得策に思えた。
女の子の事も気になる。
奴らが去ったら、ドアを開けてでも確かめるつもりだった。
その旨をカズヤに伝えると、しぶしぶ頷いた。
それから15分程経った時。
「~ちゃん来たよ~!(聞き取れない)」
母の声がした。
待っていた主が駐車場に到着したらしい。
何やら談笑している声が聞こえるが、良く聞き取れない。
再びトイレに向かってくる足音が聴こえて来た。
ミッ○ーマ○スのマーチの口笛。
アイツだ!!
軽快に口笛を吹きながら、大男が小を足しているらしい。
女子トイレの女の子の泣き声が一段と激しくなった。何故だ?何故気づかない?
やがて泣き叫ぶ声が断末魔の様な絶叫に変わり、フッと消えた。
何かされたのか?見つかったのか!?
しかし、大男は男子トイレににいるし、他の家族が女子トイレに入った形跡も無い。
やがて、口笛と共に大男がトイレを出て行った。
女の子がトイレから連れ出されてはしないか、と心配になり、危険を顧みずに、一瞬だけトイレの裏手から俺が顔を覗かせた。
テンガロンハットにスーツ姿の、大男の歩く背中が見える。
「ここだったよなぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」
ふいに大男が叫んだ。
俺は頭を引っ込めた。
ついに見つかったか!?カズヤは木の棒を強く握り締めている。
「そうだそうだ!!」
「罪深かったよね!!」と父と母。
双子のオッサンの笑い声。
「泣き叫んだよなァァァァァァァァ!!」と大男。
「うんうん!!」
「泣いた泣いた!!悔い改めた!!ハレルヤ!!」と父と母。
双子のオッサンの笑い声。
何を言っているのか?どうやら、俺達の事ではないらしいが・・・。
やがて、キャンピングカーのエンジン音が聴こえ、車は去ってった。
辺りはもう完全に明るくなっていた。
変態一家が去ったのを完全に確認して、俺は女子トイレに飛び込んだ。
全ての個室を開けたが、誰もいない。鍵も全て壊れていた。
そんな馬鹿な・・・後から女子トイレに入ってきたカズヤが、俺の肩を叩いて呟いた。
カズヤ:「なぁ、お前も途中から薄々は気がついてたんだろ?女の子なんて、最初からいなかったんだよ」
2人して幻聴を聴いたとでも言うのだろうか。
確かに、あの変態一家の女の子に対する反応が一切無かった事を考えると、それも頷けるのではあるが・・・しかし、あんなに鮮明に聴こえる幻聴などあるのだろうか・・・。
駐車場から上りと下りに続く車道があり、そこを下れば確実に国道に出るはずだ。
しかし、再び奴らのキャンピングカーに遭遇する危険性もあるので、あえて森を突っ切る事にした。
街はそんなに遠くない程度に見えているし、周囲も明るいので、まず迷う可能性も少ない。
俺達は無言のまま森を歩いた。
約2時間後、無事に国道に出る事が出来た。
しかし、着替えもない、荷物もない。
頭に思い浮かんだのは、あの親切なコンビニの店長だった。
国道は都会並みではないが、朝になり交通量が増えてきている。
あんな目に遭って、再びヒッチハイクするのは度胸がいったが、何とかトラックに乗せて貰える事になった。
ドライバーは、俺達の汚れた姿に当初困惑していたが、事情を話すと快く乗せてくれた。
事情と言っても、俺達が体験した事をそのまま話してもどうか、と思ったので、キャンプ中に山の中で迷った、と言う事にしておいた。
運転手も、そのコンビニなら知っているし、良く寄るらしかった。
約1時間後、俺達は例の店長のいるコンビニに到着した。
店長はキャンピングカーの件を知っているので、そのまま俺達が酷い目にあった事を話したのだが、話してる最中に、店長は怪訝な顔をし始めた。
店長:「え?キャンピングカー?いや、俺はさぁ、君達があの時、急に店を出て国道沿いを歩いて行くので、止めたんだよ。俺に気を使って、送ってもらうのが悪いので、歩いていったのかな、と。10mくらい追って行って、こっちが話しかけても、君らがあんまり無視するもんだから、こっちも正直、気ィ悪くしちゃってさ。どうしたのさ?(笑)」
・・・どういう事なのか。
俺達は確かに、あのキャンピングカーがコンビニに止まり、レジで会計も済ませているのを見ている。
会計したのは店長だ。
もう1人のバイトの子もいたが、あがったのか今はいない様だった。
店長もグルか??不安が胸を過ぎった。
カズヤと目を見合わせる。
「すみません、ちょっとトイレに」とカズヤが言い、俺をトイレに連れ込む。
「どう思う?」と俺。
「店長がウソを言ってるとも思えんが、万が一あいつらの関連者としたら、って事だろ?でも、何でそんな手の込んだ事する必要がある?みんなイカレてるとでも?まぁ、釈然とはしないよな。じゃあ、こうしよう。大事をとって、さっきの運ちゃんに乗せてもらわないか?」
それが1番良い方法に思えた。
俺達の意見がまとまり、トイレを出ようとしたその瞬間、個室のトイレから水を流す音と共に、あのミッ○ーマ○スのマーチの口笛が聞こえてきた。
周囲の明るさも手伝ってか、恐怖よりまず怒りがこみ上げて来た。
それはカズヤも同じだった様だ。
「開けろオラァ!!」とガンガンドアを叩くカズヤ。
ドアが開く。
「な・・・なんすか!?」
制服を着た地元の高校生だった。
「イヤ・・・ごめんごめん、ははは・・・」と苦笑するカズヤ。
幸い、この騒ぎはトイレの外まで聞こえてはいない様子だった。
男子高校生に侘びを入れて、俺達は店長と談笑するドライバーの所へ戻った。
「店長さんに迷惑かけてもアレだし、お兄さん、街までお願いできませんかねっ。これで!」と、ドライバーが吸っていた銘柄のタバコを1カートン、レジに置くカズヤ。
交渉成立だった。
例の変態一家の件で、警察に行こうとはさらさら思わなかった。
あまりにも現実離れし過ぎており、俺達も早く忘れたかった。
リュックに詰めた服が心残りではあったが・・・。
ドライバーのトラックが、市街に向かうのも幸運だった。
タバコの贈り物で、終始上機嫌で運転してくれた。
いつの間にか、俺達は車内で寝ていた。
ふと目が覚めると、ドライブインにトラックが停車していた。
ドライバーが焼きソバを3人分買ってきてくれて、車内で食べた。
車が走り出すと、カズヤは再び眠りに落ちた。
俺は眠れずに、窓の外を見ながら、あの悪夢の様な出来事を思い返していた。
一体あいつらは何だったのか。
トイレの女の子の泣き声は・・・。
「あっ!!」
思案が吹き飛び、俺は思わず声を上げていた。
「どうした?」とドライバーのお兄さん。
俺:「止めて下さい!!」
ドライバー:「は?」
俺:「すみません、すぐ済みます!!」
ドライバー:「まさかここで降りるのか?まだ市街は先だぞ」と、しぶしぶトラックを止めてくれた。
この問答でカズヤも起きたらしい。
カズヤ:「どうした?」
俺:「あれ見ろ」
俺の指差した方を見て、カズヤが絶句した。
朽ち果てたドライブインに、あのキャンピングカーが止まっていた。
間違いない。
色合い、形、フロントに描かれた十字架・・・。
しかし、何かがおかしかった。
車体が、何十年も経った様にボロボロに朽ち果てており、全てのタイヤがパンクし、窓ガラスも全て割れていた。
「すみません、5分で戻ります、5分だけ時間下さい」とドライバーに説明し、トラックを路肩に止めてもらったまま、俺達はキャンピングカーへと向かった。
「どういう事だよ・・・」とカズヤ。
こっちが聞きたいくらいだった。
近づいて確認したが、間違いなくあの変態一家のキャンピングカーだった。
周囲の明るさ・車の通過する音などで安心感はあり、恐怖感よりも「なぜ?」と言う好奇心が勝っていた。
錆付いたドアを引き開け、酷い匂いのする車内を覗き込む。
「オイオイオイオイ、リュック!!俺らのリュックじゃねぇか!!」
カズヤが叫ぶ。
・・・確かに、俺達が車内に置いて逃げて来た、リュックが2つ置いてあった。
しかし、車体と同様に、まるで何十年も放置されていたかの如く、ボロボロに朽ち果てていた。
中身を確認すると、服や日用雑貨品も同様に朽ち果てていた。
「どういう事だよ・・・」もう1度カズヤが呟いた。
何が何だか、もはや脳は正常な思考が出来なかった。
とにかく、一時も早くこの忌まわしいキャンピングカーから離れたかった。
「行こう、行こう」
カズヤも怯えている。
車内を出ようとしたその時、キャンピングカーの1番奥のドアの向こうで、「ガタッ」と音がした。
ドアは閉まっている。
開ける勇気はない。
俺達は恐怖で半ばパニックになっていたので、そう聴こえたかどうかは、今となっては分からないし、もしかしたら、猫の鳴き声だったかもしれない。
が、確かに。
その奥のドアの向こうで、その時はそう聴こえたのだ。
「マーマ!!」
俺達は叫びながらトラックに駆け戻った。
するとなぜか、ドライバーも顔が心なしか青ざめている風に見えた。
無言でトラックを発進させるドライバー。
ドライバー:「何かあったか?」
俺:「何かありました?」
同時にドライバーと俺が声を発した。
ドライバーは苦笑し、「いや・・・俺の見間違いかもしれないけどさ・・・あの廃車・・・お前ら以外に誰もいなかったよな?いや、居るわけないんだけどさ・・・いや、やっぱ良いわ」
カズヤ:「気になります、言って下さいよ」
ドライバー:「いやさ・・・見えたような気がしたんだよ。カウボーイハット?って言うのか?日本で言ったら、ボーイスカウトが被るような。それを被った人影が見えた気が・・・でよ、何故かゾクッとしたその瞬間、俺の耳元で口笛が聴こえてよ・・・」
カズヤ:「どんな感じの・・・口笛ですか?」
ドライバー:「曲名は分かんねぇけど、こんな感じでよ(口笛を吹く)・・・いやいやいや、何でもねぇんだよ!俺も疲れてるのかね」
運転手は笑っていたが、運転手が再現してみた口笛は、ミッ○ーマ○スのマーチだった。
30分ほど、無言のままトラックは走っていた。
そして市街も近くなったと言う事で、最後にどうしても聞いておきたい事を、俺はドライバーに聞いてみた。
カズヤ:「あの、最初に乗せてもらった国道の近くに、山ありますよね?」
ドライバー:「あぁ、それが?」
カズヤ:「あそこで前に、何か事件とかあったりしました?」
ドライバー:「事件・・・?いやぁ聞かねぇなぁ・・・山つっても、3つくらい連なってるからなぁ、あの辺は。あ~でも、あの辺の山で大分昔に、若い女が殺された事件があったとか・・・それくらいかぁ?あとは、普通にイノシシの被害だな。怖いぜ、野生のイノシシは」
俺:「女が殺されたところって」
カズヤ:「トイレすか?」
カズヤが俺の言葉に食い気味に入ってきた。
ドライバー:「あぁ、確かそう。何で知ってる?」
市街まで送ってもらった運転手に礼を言い、安心感からか、その日はホテルで爆睡した。
翌日~翌々日には、俺達は新幹線を乗り継いで地元に帰っていた。
なるべく思い出したくない、悪夢の様な出来事だったが、時々思い出してしまう。
あの一家は一体何だったのか?実在の変態一家なのか?幻なのか?この世の者ではないのか?
あの山のトイレで確かに聞こえた、女の子の泣き叫ぶ声は何だったのか?
ボロボロに朽ち果てたキャンピングカー、同じように朽ちた俺達のリュックは、一体何を意味するのか?
カズヤ:「おっ♪おっ♪おま○こおま○こ舐めたいなっ♪ペロペロ~ペロペロ~」
先日の合コンが上手く行った、カズヤのテンションが上がっている。
たまに遊ぶ悪友の仲は今でも変わらない。
コイツの底抜けに明るい性格に、あの悪夢の様な旅の出来事が、いくらか気持ち的に助けられた気がする。
30にも手か届こうかとしている現在、俺達は無事に就職も出来(大分前ではあるが)、普通に暮らしている。
カズヤは、未だにキャンピングカーを見ると駄目らしい。
俺はあのミッ○ーマ○スのマーチがトラウマになっている。
チャンラランチャンラランチャンラランラランチャンラランチャンラランチャンラランララン♪
先日の合コンの際も、女性陣の中に1人この携帯着信音の子がおり、心臓が縮み上がったモノだ。
今でもあの一家、とくに大男の口笛が夢に出てくる事がある。