そのころ、私達の間では「秘密基地」を作り、中に蛇の抜け殻や黒曜石、気に入った棒などの宝物を置く事が流行っていました。
その日、私は学校から帰ると、500Mほど離れた川の堤防に埋まっていた土管の「秘密基地」に向かっていました。
学校が終わって、川に向かったのは15時頃だったでしょうか。
田んぼ道を歩いていると、あぜに置かれた椅子に黒い人が腰を掛けていました。
この椅子は、近所のお爺さんが、大きな声で詩吟を唸っても良い様に、田んぼのあぜに置かれていたものでした。
顔も何も覚えていません。
ただ、黒い感じの人でした。
その人は、私の事を「○○○」と、忌み名(いみな)で呼んだのです。
父方の家では、生まれた子供に、両親が秘密の名前を付ける風習があります。
両親と本人しか知らず、私も姉の忌み名は教えて貰っていません・・・。
※【忌み名(いみな)】:死後に尊んでつけた称号。
私は、忌み名を呼ばれたのに何故か驚きもせず「はい」と返事をしてから、丁寧に挨拶をしてそのまま基地に向かって歩き出しました。
しかし、堤防は近づきません・・・。
嫌な予感がして私は必死に走り始めました。
しかし、走っても走っても堤防が近付いて来ないのです。
どのくらい走っていたでしょう?
日差しに焼かれ、息が切れ喉はカラカラになり、足がもつれて転倒しました。
すると突然辺りは夕暮れの風景に変わりました。
フラフラになりながら周りを見回すと、そこは椅子の前でした。
家から200M程の所で、私は立ち止まっていたのでした。
家に帰ると18時頃で、夕食の準備が出来ていました。
ビールを飲んでいた父にその話をすると「化かされたのか」と言って大笑いされました。
忌み名を呼ばれた時は、絶対に返事をしてはいけない。
知っているのは、父母と化生(人外。神も含む)だけだからだそうです。
なぜ忌み名を付けるのか聞いてみたら、人と化生を見分ける為だそうです。
忌み名を呼ばれた時は気が付かない振りをして通り過ぎる様教えられました。