気味の悪い親戚

カテゴリー「不思議体験」

小学校低学年の頃の話。

病弱な姉は、多少元気にはなったものの虚弱だったため、夏休みの間は虚弱児のための病院施設のようなところに、親と一緒に通っていた。
その期間、やんちゃで遊びたい盛りの自分は母方の実家に預けられていた。

ある夏、そこに祖父母の親戚という人が来て、「うちに泊まりにおいで」と言われ、物怖じしない性分の自分は、あっさりとついて行った。
その人たちは父母よりちょっと年上の40~50代の人達だった。

山奥の祖父母の家から更に山を二つ超え、数軒のわらぶき屋根が建つ集落についた。
途中、ダムの近くを通ったので今でもだいたいの場所はわかると思う。
そこは子供のいない家で、山肌に沿ったようなところなのに、わざわざ離れがあり、祖父母よりもかなり歳を取ったおばあさんがいた。
親戚夫婦は、その人を『きっくいさん』と呼んでいた。
ヘンなところに撥音が入る地方なので、喜久井さんか菊井さんだと思う。

きっくいさんの部屋にはいろんなものがあって、子供心にとても楽しかった。
市松人形や、手毬、古民具、小さな箪笥などがいっぱいあった。

親戚夫婦は、「おいでおいで」と自分を連れてきたわりには放置気味で、日中はほとんど畑か山仕事をしていた。
今思うと、目が見えないきっくいさんの、遊び相手に連れて行かれたのだと思う。

きっくいさんは穏やかな老婆で、いろんな面白い民話のような話を聞かせてくれた。
たぬきに騙されて、川の淵を風呂だと思って入り風邪をひいた男の話や、近くにある名勝の有名な岩の故事なんかとか。

部屋の中のものは何で遊んでも怒られなかったので、珍しいもので散々遊んだ。
木馬やシーソーみたいなものもあったと思う。
中でも奇妙だったのが、床の間に置かれた、たくさんの小さな箪笥。
あちこち押したり引いたり小さな棒で突いたりすると、からくりが働いて引き出しが開くようになっていた。

大きさは、当時の自分の頭くらいだったと思う。
いい香りがして、開くと香袋のようなものが入っていた。
きっくいさんは、『やっかい箪笥』と呼んでいた。

中に入っていた香袋は、きっくいさんが上手に作っていた。
目が見えないはずなのにとても手際がよかったので、不思議でずーっと見ていた。
匂いからして、茶葉やヨモギ、肉桂の類が入っていたと思う。

ところが、そのやっかい箪笥で遊んだことを親戚夫婦に言うと、すごく怒って、きっくいさんに「子供の遊ぶものではなかろうが!」と怒鳴っていた。
普段はきっくいさんに敬語で話していたので、とてもびっくりした。

きっくいさんは「中身は無いから大丈夫」と言っていたけど、香袋が10個くらい入っていたので怪訝に思った。
でも、言ったらもっときっくいさんが怒られると思ったので、言わなかった。
とてもドキドキした。

その後、きっくいさんが、やっかい箪笥の昔話をしてくれた。
昔、このあたりに東から鬼がやってきて、女子供を取って食っていた。
食べられた人の魂はやっかい箪笥に逃げ込んだので、魂は食われなかった。

ある日、この村の妊婦が鬼に食われそうになったけど、とんちで鬼を騙して逆に鬼を食べてしまった。(三枚のお札みたいな感じ)
やっかいな鬼を食べ、自分とお腹の子供を守ったということで、妊婦は村中から褒められた。

ところが、やっかい箪笥に入った魂は、鬼がいなくなった事が理解できず、ずっとやっかい箪笥に篭ったまま成仏しなかった。
毎晩毎晩、家族や親類の枕元に立って泣き言を言うので、村人は閉口した。

ここから先のオチを聞いたと思うのだけど、何故か覚えていない。
ただ、鬼に食われた人の魂が入っていたと言われたので、急に気持ちが悪くなって、その日以後は、やっかい箪笥で遊ばなかったと思う。

祖父母はとうに亡くなり、母に聞いても「その親戚のことは知らない」と言っていた。
祖父母どちらのお葬式にも、その親戚夫婦は来ていなかったと思う。

きっくいさんについては、中学生の頃に祖父母に聞いたところ、「拝み屋さん」(うせ物などを見つけてくれる)だと言っていたので、完全な夢ではなく、実在していたと思う。
年齢からして、既に過去の人だとは思うけれど。

数年前、恋人と一緒にそのあたり(名勝)をドライブしていて、急になつかしくなり、覚えのある方に車を走らせてみたけれど、途中で見た覚えのあるダムのあたりから、前年の台風で土砂崩れを起こしていて、通行止めの県の看板が立っていた。

今でも集落があるなら、道がそのままということは無いと思うので、もう誰も住んでいないのだろうと思う。

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