私の実家は小さな町で、取り立てて何もない。
国道を挟んで海岸線からは4kmほど・・・海も近いが山も近いそんな町。
父親の影響で小さい頃は剣道をやらされてました。
夏臭く冬は痛い、変な表現だけど夏場の蒸れた防具の匂いと、冬場素足で踏む床板の冷たさ・・・これは特筆もの。
活動日は週に2日で水曜日と木曜日。
古い町営の体育館の年季の入りようは飴色をした木造の外観ですぐ分かる。
築何年だったんだろう?自分はとにかくそこが嫌いでした。
体育館の舞台下の倉庫というとイメージが沸くでしょうか?
暗くてジメジメしてて床と壁をコンクリで打たれたごく狭い空間・・・そうアレ。
普段は跳び箱やらネットやらボールやら乱雑にしまってある場所。
私の町のその古い体育館は舞台下の倉庫が水没してました。
ひび割れたコンクリの隙間から雨水が流れ込んだんだと思います。
消火用の溜池が併設されてのもあってちょっと雨量が多いと溢れた分が地下へ地下へ少しずつ溜まって、地下倉庫はその空間のほとんどが水で埋まってました。
地底湖みたいな?
子供の頃見たこともあって先が見通せない暗さと、にごった水面が揺れる様からそんなイメージを持ってました。
実際は向こう側まで遠くても20m程度だろうし全然地底湖なんかじゃないんだけど・・・。
元から子供には評判の悪い体育館でちょうど通ってた小学校の体育館が新築されたこともあり、より一層イメージが悪かったというか、確かにたたずまいにどこか気味の悪いものがあった。
でも古い木造の建築物なんてどれもそんなものかと。
いわく近くを通ると真っ暗な体育館の中から時おり物音がする・・・。
いわくボットン便所に何故か不気味なマネキンが捨てられてる・・・。
いわく倉庫の水の中には怪獣がすんでる・・・。
子供の頃は半分信じてました、というか怖くてボットン便所には入った事がないです。
ビビリでしたし電球も切れてましたんで、入り口に立っただけで尻込みするというか・・・ホント暗い。
当時はよく鍵の開け閉めをやらされてました。
家も近かったんで近所の意見は満場一致。
特に木曜日は剣道クラブが体育館を一番最後に使うので片付けと掃除と色々面倒でした。
それで・・・その日は一番最後まで残ってたんですが、さて玄関を残して電源も落としたし後は鍵を閉めようという段階になり舞台袖の方に置いてあった防具と竹刀を取りに近づいたんです。
べちょり・・・。
・・・水気を含んだ音が聞こえたのは横の扉からでした。
例の水没した地下倉庫に続く扉です。
中は1部屋隔てて後は地下に続く階段があるだけです。
最初は聞き違い?というか雨でも降ってきたのかな?と、体育館に入る前は天気はよかったのですが、1時間半ほどもクラブ活動した後ですし天候も変わったのかなと思いました。
古い体育館でしたから雨漏りもありまし、水滴が落ちる音じゃないかと思った矢先・・・。
べちょり・・・。
べちょり・・・。
・・・音が連続した時点で気付きました。
足音?
身体が先に動いたのは幸いだったんじゃないかと・・・。
取るもの取らず入り口に向かって走ってました。
留まるだけの好奇心はなかったです・・・。
人間も動物ですから、真にまずいと思ったときはこういった勘が働くんでしょうかね。
後方で扉の開く気配、振り向かないように入り口の明かりを目指しました。
勢いよく扉を閉め震える手で鍵をかけ家まで全力疾走した事は憶えています。
その後、私が中学を出る頃、体育館は取り壊されました。
地下も埋め立てられたみたいです・・・結局何もないただの空間だったのかなって。
実はあの夜・・・鍵をかけられなかった。
体育館の入り口の扉の曇りガラスの向こうに張り付いた汚い白いのがこっち見てたから。