何年か前、丁度この時期に妹から聞いた話だ。
それは、妹が近所のお寺から帰宅する途中の事だった。
照りつける夏の日差しと、けたたましい蝉の声にうんざりしながら、妹は近道をしようと裏道に入った。
然し、何かがおかしい。
如何やら道を間違えてしまったようで、見た事が無い風景が広がっていた。
住宅街を歩いていた筈なのに、いつの間にか左右に田んぼが広がっており、周囲は竹林で囲まれていた。
前方には小屋があり、モーター音のようなものが聞こえてくる。
人影は、無い。
進んでも抜けられる保証は無いと悟った妹は、直ぐに引き返そうと思った。
だが、その時、妹の耳に「りぃん」と鈴の音が届いた。
背筋に冷たいものを感じた妹は、踵を返さずに進む事にした。
妹が歩を進めると、「りぃん、りぃん」と鈴の音が響く。
最初は鍵に付いたアクセサリの所為だと思っていた。
否、思い込もうとした。
だが、そもそも、鍵に鈴など付いていない。
徐々に大きくなっていく鈴の音は、明らかに背後から聞こえていた。
妹は追い立てられるように歩く。
鈴の音は付いて来る。
いつの間にか、蝉の鳴き声は止んでいた。
田んぼの稲穂は枯れており、生温い風に揺られて手招きをしている。
気付けば、小屋がすぐ目の前に迫っていた。
もしかしたら、人が居るかもしれない。
藁に縋る思いで小屋に向かったのだが、その時、気付いてしまった。
小屋の中からする音は、モーター音などでは無かった。
「おぉおん、おぉおん」と地を這うような呻き声(うめきごえ)だったのだ。
その小屋に行ってはいけない・・・。
そう思った妹は、小屋の前を通り過ぎ、兎に角、先を急いだ。
鈴の音に追いつかれたら、どうなってしまうのだろう。
小屋の中に居る「何か」に気付かれたらどうしよう・・・と恐怖しながら。
暫くして、さあっと視界が開けた。
目の前に広がったのは、見覚えがある大通りだった。
排気ガスと焼けたアスファルトの匂いが、妹を現実に引き戻す。
鈴の音はもう聞こえない。
背後を振り返ると、自分が知っている細道が続いているだけであった。
あれは一体何だったのだろうか。
蝉の鳴き声が茹だる空気を揺るがす中、妹は呆然と立ち尽くしていた。