怖いという話じゃないけど、不思議な話を。
実話なり。
学生の時にバイトしたんだよ。
ビルのガードマン。
常駐ってヤツね。
場所は新宿の某高層ビル。
ベテランらしいオッサンの補助役です。
地下に詰め所があってそこで監視装置を見たり、巡回じゃない時は待機しているんだけど、そのフロアの奥に不思議なドアがあるんだよ。
何故か表札が5人分かかってる。
最初はビルメンさんの寮かと思ってたが違うみたい。
で、オッサンに聞いてみたんだよ。
「あれは何ですか?」と。
オッサンが教えてくれた。
建築の時に死んだ人の慰霊室なんだと。
へぇ、なるほどなぁ、と思った。
次の出勤の時に、思い立ってその部屋の前に行って手を合わせたんだよね。
無信心だから手を合わせて「安らかにお眠りください」と心の中で唱えただけ。
ついでだから、その人たちの名前を手帳に控えた。
どうしてなのかは解らないが、善行らしき事をしたのを内心で誇らしく思ったのかもしれない。
ささやかなセンチメンタル。
ところが、それから15年たった先月の事だ。
今のおれは空調屋。
一応は社長なんだけど、言ってみれば一人親方という立場。
職人さんとそんなに変わらない立場だ。
もちろん、不景気は厳しくて経済的に厳しくなってきていた。
そんな中、突然だが、飛び込みで入ってきた仕事があった。
突然、電話がかかってきて「急ぎで出来るようなら」と言ってきたんだ。
普通はラインがあるから、こんな事はありえない。
しかも改修工事で、施工業者が受ける仕事のはず。
相手は電話帳を見たという。
誰でも知ってる大手だし、支払条件も不安がない。
大喜びで、打ち合わせを繰り返し、受注が決まった。
嬉しかった。
古い知り合いの職人さんに集まってもらって工事が終わる頃、地下のボイラー室に用があって行ったのね。
もちろん、そのビルは学生の時にバイトしていた高層ビルとは違うし、オーナーも関係は無い。
だが、華やかな高層ビルも誰も来ない場所なんか昔も今もコストなんか、かけられずに置かれるのは同じ。
どこも同じような殺風景な場所なんだ。
特にライフライン関連は不燃のために灰色が基調の冷たい風景なんだよね。
まぁ、空調屋のおれには見慣れた風景とも言える。
ボイラーさんと打ち合わせが終わって、詰め所を出たんだ。
そのときに廊下の奥に図面にないドアが有ることに気が付いた。
何かの間違いかな、とそのドアの前に行ったんだけれど、どうしてそれがあるのか、すぐに理解できた。
最初に書いた学生の時の記憶が、その時に蘇ったのさ。
誰に聞かなくても解る。
慰霊室だった。
表札も同じく5人。
俺は手を合わせ、昔と同じように安らかな眠りを祈った。
そして何故か、学生の頃の記憶に従い、彼らの名前を手帳に記名した。
そして自宅に帰ってから、昔の手帳が妙に気になり出して、天袋に収めていた段ボール箱から当時の手帳を取り出した。
見比べて驚いた。
記帳した五人の仏さんの姓が全部同じだったんだよ。
大規模な建築関係に携わってる友人がいたなら聞いてみるといい。
必ず工事中に死んだ人たちへの感謝を表わすモニュメントがどこにもある。
昔は人柱なんて気味の悪い話もあった。
とにかく今のおれは感謝している。
相手が誰かわからないが感謝しているんだ。