わが故郷の岩手には隠し念仏というのがある。
これはその昔、親鸞二十四徒の一人である是信房が広めた念仏と、真言密教系の秘術が融合したものらしく、かつて岩手県で爆発的に流行した。
この念仏はいわば即身仏となるための儀式とも呼べるものであり、かつて生きるのが困難だった時代に、何とかして仏の加護を受けたいという欲求から創始されたものだと考えられる。
もっとも、これは寺や坊主を間に挟まない、いわば秘密結社的、呪術的性格を色濃く持ったものだったので、「犬切支丹」と言われて幕府から迫害され、明治政府からも「公序良俗を乱す」として弾圧された。
で、肝心の儀式であるが、まず生まれたばかりの赤子が善知識と呼ばれる人(総長)の家に連れて行かれ、簡単な念仏を唱えられた後、経文で頭をなでられる。
この簡単な儀式が「オトリアゲ」と呼ばれる。
で、隠し念仏で一番大切なのが「オトモヅケ」と呼ばれる儀式。
歳の頃7歳ぐらいになった子供は、夜半、善知識もとに秘密裏に連れて行かれ、親鸞と蓮如上人、薬師如来(?)の掛け軸が飾られた仏壇の前に正座させられる。
そして、指を金剛合掌の形に組み、「タスケタマエー」と言いながら思い切り息を吐くように言われる。
これは善知識が「よし」というまで何度も何度も続けられる。
この間、善知識はこのものが本当に念仏組に入ることができるか、仏の加護を受けられるかを精査するという。
これを何度も繰り返し、善知識が「助けた!」と言うと、子供は口を手のひらで押さえられ、平伏させられる。
こうして「オトモヅケ」は終わり、隠し念仏最大の儀式は終了、この子は晴れて念仏組の一員となる。
このとき、子供は善知識から「これはホトケ様が口から入ったからな。人に言ってはダメだぞ」とクギを刺されるので、隠し念仏の全容はよく調査されないまま、現在ではすっかり廃れてしまい、もはやどこでも行われていないだろう。
ちなみに俺の父方、母方の祖母、父は両方隠し念仏を受けている。
戦後直後までは普通にやってたらしい。
父はいまだに口を割らないが、ばあちゃんは嫁に行った身なので喋っても問題ないらしい。
ちなみに発言小町で話題になった『真っ黒い手紙』にあるのは単なる百万遍念仏なので隠し念仏とは違う。
さらに「隠し念仏の一派に邪教がある」という話は誤りなので信用しないこと。