一晩過ごせば10万円(前編)

カテゴリー「心霊・幽霊」

※このお話には【一晩過ごせば10万円(後編)】があります。

友人と私、それと2つ上の先輩の4人で深夜、地元で有名な心霊スポットに行くことになりました。
男4人で心霊スポット巡りと、なんともむさ苦しい感じですが、友人は心霊的なものが特に苦手らしく、先輩達は友人をからかうつもりで、「○○(心霊スポット)今から行こうぜ」と提案しました。

その場所は山奥にある建物で、車で向かいました。
その建物の地下で、10人近い人間が火をつけて心中したとか、建物の裏手の崖から落ち武者が昇ってくる、とかの噂がある所でした。

先輩達は「もちろん地下行くよな」等と、友人を脅かすように笑って言っていましたが、いざ現地につくと、「うお。マジで怖っ」といい、車から外観を眺めているだけでした。

私が「降りひんのか?」と先輩に尋ねると、「じゃあお前降りろよ」と言うので、車を降りようとしました。
友人は、現地に着いてずっと私のTシャツの裾を握りしめていましたが、「降りるわ」と言い、離してもらおうとすると、怯えた顔で、「やばい。ここはやばいて。絶対やばい」と、私に訴えかけてきました。
とりあえず先輩達が急かすので、友人の手を解かせて車を降りました。

そして、その建物の周りを歩いて、ぐるっと一周。
裏手の崖も覗いてみて、車の前に帰りました。
先輩達は興味深そうに「なんか出た?」と聞いて来ましたが、私は「いやなにも」と答えました。

そして誰も一向に車から出てこないので、前の座席の先輩達に、「お前らが行こうって言うたんやろ。降りろって。地下見るんやろ」と言いました。

先輩は「お前怖くないんか」と聞いてきたので、「あんまり」と答えると、先輩の片方(A)が、「じゃあ明日までここで泊まってみろ」と私に言いました。

私は「なんでこんなとこで寝にゃあかんのよ」と、おそらく真っ当な意見を返しました。
すると先輩Aは、「怖くないんやろ?10万やるって言うたら泊まるか?」と提案しました。

私は「前金で今払うんならやるわ」と答えました。
先輩Aは「ええで」と言い、財布の中から1万円札を10枚出しました。
私が「なんでこんなに持ってんの?」と笑いながら聞きましたが、そういえば先輩Aは、「パチンコやらスロットやらで大勝ちした」みたいな事を、その日言っていました。

私は「後で返せゆうても返せへんで」と念を押して金を受け取り、その提案に了承しました。
先輩達は「あほやこいつ」と笑っていましたが、私も「10万も出すほうもアホやろ」と返しました。
友人は何も言わず、後部座席でうずくまっていました。

先輩達は私を置いて行く前に、「地下行って来い」と楽しそうに言ってきました。
10万円も貰った私は、さして気分も害せず受け入れて、地下に向かいました。
火事があったのは本当らしく、まっ暗な中でもライトの光で、壁中焦げて真っ黒になっているのが見えました。
地下はそんなに広くもなく、目に付く所と言えば、お風呂の浴槽のようなものだけ。

車の前に戻り、「壁が真っ黒だった。火事でなんやらゆうてたやん」と報告すると、先輩達は「おー」と、嬉しそうに聞いていました。
そして、「明日の朝9時に迎えに来る」と約束をして、私一人を残して車で山を降りていきました。

残された私は、「あいつホンマに迎えくるんやろうな」と少し心配しながら、その廃墟の一番マシそうな横になれる所をみつけて、埃を払い、座り込みました。

時刻は深夜1時くらいで、どうやって暇を潰そうかと、とりあえず携帯をいじっていました。
誰かに電話して時間を潰そうにも時間が時間ですし、電波はギリギリアンテナが一本立つか立たないか程度なので、あきらめました。

しかし、こう山奥にもなると、怖いのは幽霊より野犬とかじゃないのか、と考えました。
廃墟は地下以外は外に剥き出しですし、地下は汚れがひどい上に、さすがに気味が悪い。
これはうかつに寝ると危ないな、と考えていました。

あまりに暇なので、もし幽霊が出てきたら等と考えたりもしていました。
「まあびっくりはするかなあ・・・」等と思っていたら睡魔が押し寄せて、私は簡単に眠りに落ちていました。

目を覚ますと、午前5時を過ぎたところ。
夏場だったので結構明るくなっていたし、私は山を迷わない程度に散歩することにしました。
野うさぎがいて軽く感動したりして、こういう自然もいいなあと思い、廃墟に帰り9時を待ちました。

しかし、9時になっても先輩は来ませんでした。
電波の良さそうな場所を探して電話をかけたのですが、友人の家で泊まった先輩二人は、『すまん寝てた』と寝起き声で言っていました。
大体予想通りだったので、私は「ええからはよ来い」と強めに言って、迎えを待ちました。

迎えが来たのは11時半を過ぎたところで、先輩二人と友人、あと先輩Aの彼女が車に乗っていました。

先輩達は「なんかあったか?」としきりに聞いて来ましたが、私は「特に何も」とありのまま話しました。
つまらなさそうでしたが、「まあそんなもんだろう」という結論に落ち着き、早速山を降りるため、私を乗せ車を発車させました。

発車して間も無く、私は自分の足元が、誰かに掴まれている感覚になりました。
後部座席は端から私、友人、先輩Aの彼女となっており、二人とも両手は見えていました。
私は総毛立ちましたが、「ええ?このタイミング?」とも考え、ちょっと可笑しくなりました。

私は夏場なので膝までのパンツだったこともあり、直に足を掴まれていました。
掴まれているというより、その手は思い切り爪を立てて食い込ませるように、痛みを与えてきました。
しかし、私が騒ぐことによって車中がパニックとなり、事故を起こすのが狙いかな、とも考えました。
私は、「なんかありそうな聞いた事あるような話しやな」と思いながら必死に平静を装い、また、一番見られてはいけない隣にいる友人に気づかれないよう、前のめりに座って影で隠していました。

山を降りる手前辺りで、その掴む手の感触がなくなり、ガソリンスタンドに寄った後、先輩Aの彼女が「ミニストップでポテトが食べたい」と言い出したので、寄る事にしました。

私は皆が車を降りた後、先輩Aだけこっそりと呼び、他の3人と違う場所に移りました。
先輩Aは「どないしたん?」と聞いてきて、私は「危なかったでぇ~」と息をつきました。
よく分からないという表情の先輩Aに、正体不明の手の爪による血のにじんだ足を見せ、「降りる時に足掴まれてた」と言うと、先輩Aの顔は正に真っ青になっていました。

先輩Aは「マジか?自分でやったとかじゃないんか?」と聞いてきましたが、私は綺麗に切った爪を見せ、「こんな爪でどうやってすんな痕つけれんねん。まあどっちでもええけど焦ったわ~」と答えました。

先輩A:「お前、なんで黙ってんのん。そん時言えよ!!」

私:「そんなもんお前、言うたらパニックになって事故るかもしれへんやないか」

先輩A:「あ~・・・そうか」

私:「ナイス判断やろ」

先輩A:「おお」

私:「(友人)と(彼女)には言うなよ。トラウマなるで」

先輩A:「分かってるけど俺にも言うなよ。怖いわ~・・・」

私:「いや、誰かに言いたいやんかやっぱり」

そんなやりとりをした後、他の3人に黙ったまま買い物を済ませ、友人宅に戻り、私はすぐ自宅に戻ることにして解散しました。

家に戻る事にした私は、ドアの鍵を開けて部屋に入りました。
当時私は、ワンルームマンションの部屋に住んでいたのですが、開けてすぐに、部屋に誰かがいるのが見えました。

坊主頭にかなりの猫背で、ジャージ姿の男でした。
私の部屋は4階だったこともあり、すぐに逃げられるのは私を押しのけてドアから出るしかない、という考えもあり、その場から動かず、「空き巣?」と声をかけました。

男は振り向きませんでした。

「じゃ幽霊?足あるけど」と声をかけても振り向きません。

しばらく見ていましたが、彼はぴくりとも動きませんでした。
仕方なく私が、「どっちでもええけど、土足やめてや」と言いながら近づくと、彼はベランダのほうに静かに歩いて、私と距離を取りました。

私は「なんだこいつ」と思いつつも、両手に刃物等は持ってなかったようなので、「盗るもんなんかなんもないし、警察も呼ばへんから、とりあえず出て行ってよ」と、ベッドに腰を下ろして男に言いました。

それからしばらく男をじっと見ていましたが、微動だにせず何も言いません。

「しゃあないから叩き出すよ」と声をかけても反応しませんでした。

しかし、ふと私が掛け時計に目を向けて彼に向き直ると、彼はこちらに顔だけ向けて、私と初めて目を合わせました。
目は小さく斜視が入っている感じで、団子鼻、口は少しだけ開いている。
私はその顔つきに、何か普通の人とは違う違和感を覚えました。

彼は若干睨む様なそうでないような感じで、こちらをじいっと見て、私も彼を真っ直ぐに目を逸らさず見ていました。

4階だし鍵も掛かっていたままだったので、この世のものではないという考えもありましたが、幽霊にしてははっきりしすぎているというか、生気がある感じ。
私は8割方『普通に家に入り込んだ人間』という風に彼を捉えていました。

私は立ち上がって、彼を見た時の違和感をそのまま口に出して言いました。

私:「知的障害かなんかの子かな・・・?怒らんから、出て行こう。ほら」

そう言って彼の腕を掴むと、その感触は異様なでした。
どっしりと中身の詰まったダンボールのような感触で、気味が悪いものでした。

※一晩過ごせば10万円(後編)へ続く

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