その時はまだ生きていた人間

カテゴリー「心霊・幽霊」

俺がまだ小学生だった時のこと。
その頃俺は、東北地方のど田舎の村に住んでいた。
米処で、家の前には広大な水田が広がり、そこに水を引く水路が流れるサラサラという音が心地いい場所だった。

そんな俺の家から車で5分ほどの近所に墓地がある。
ここら一帯の農家の先祖代々の墓がたちならぶその墓地は、山の中腹にあって、木々が鬱蒼と茂り、昼間でも暗い場所だった。
俺が生まれた頃にはさすがになかったが、昔は土葬が普通だったと聞かされたことがある。
そんなこともあって、いくら冒険大好きな田舎のガキどもも、すすんで墓場に近づくことはしなかった。

ある夏。
東京に住んでいた同い年のいとこが、盆休みに俺の家に泊まりに来た。
いとこのする東京の話は興味深くて、俺は熱心に耳を傾け、またその見返りに、でかいカブトムシやクワガタが取れる場所を教えてやったりして楽しく過ごした。

親戚一同で墓参りにも行った。
都会のきれいに整備された墓地とは違う、おどろおどろしい雰囲気にいとこは興味をひかれたらしく、目をきらきらさせて、「●ちゃん(俺)、ここなんか幽霊でそうですげーよな!」などとのたまい、おばさんに不謹慎だと拳固をくらったりしていた。

その日の夜のこと。
縁側でばーちゃんの作ってくれた氷ぜんざいを食っているとき、いとこが不意に「墓場に肝試しに行こうぜ」と言い出した。

俺は「やめとこうよ、でないとまたおばちゃんに叱られるぞ」となだめたのだが、田舎という非日常空間に放り込まれてテンションの上がったいとこは、中々聞き入れない。

しまいには、「●ちゃんだって、どうせこっちの友達と肝試ししたりしてるんだろ。俺もやりたい」「カブトムシのいるところだって教えてくれたんだから、いいじゃんか」などと言い出す始末。

引くに引けなくなった俺は、友達数人に電話して声をかけてみた。
電話で仲間を募るふりして、「こっちの奴等だってそんなおっかないことはしない」と説得してもらうつもりだった・・・。

すると、妙な具合に「東京モンに田舎の凄さを教えてやるぜ」と意気込む阿呆が2人も釣れてしまい、肝試し開催があっさり決定。
めいめい懐中電灯を手にウチの玄関に集合して、墓場へと出発した。

車で5分の距離でも、子供の足で歩けばそれなりに時間がかかる。
その道中は、東京のテレビ番組の話をいとこにねだったりして楽しく駄弁っていたのだが、墓場が近づくにつれて段々無言になってしまった。
集落から山の方に入っていく未舗装の小道へ折れた時には、完全に喋る気力がうせた。

虫や蛙の声がいやに響いて聞こえる。

暗い。
・・・・・・・・・怖い。

しかし、ここまで来て「やっぱ怖いから帰ろう」なんてへたれたことは口が裂けても言えない。
覚悟を決めた小学生4人組は、虚勢を張りつつも小道をずんずん進んでいった。

そして遂に墓場に到着。
その日はよく晴れて、来る途中は満天の星が瞬いていたのが、ここでは木々に遮られて一つも見えない。
まさに真っ暗闇だ。
風もあまり届かず、脂汗と冷や汗があいまって何とも気持ちが悪い。
俺は全力で帰りたかった。

しばらく4人無言でいたが、なけなしの勇気を振り絞り、とりあえず墓場を一周してみることにした。
墓場は結構広く、しかも山の斜面にあるので傾斜がきつく歩きにくい。
しかも土葬時代の名残なのか、墓石がなく土盛りの後ろに卒塔婆を立てただけの最強に気味悪い墓も結構ある。
あの土を掻き分けてぼろぼろに腐った腕が出てきたらどうしよう・・・とかいう想像が俺の頭の中を駆け巡る。

・・・怖い。
・・・怖い。
・・・怖い。

しかし、想像に反して墓場は沈黙を保ったままだった。
10分ほどの恐怖の行軍を終えて、墓場の入口に戻ってきた俺たちは、「たいしたことないぜ」「拍子抜けだな」等と心にもない虚勢を張りながら笑い合った。

「肝試しも終わったし、もう帰ろうぜ」と友達の言葉に全員が頷き、墓場に背を向けて歩き出した。

・・・そのときだった!!

不意に背筋が粟立った!
強烈なおぞけが、背骨のあたりから手足の先へとゆっくり広がってくる。

指先がぴりぴり痺れる!

吹き出た汗がぬめる。
膝が震えだす。
俺は懐中電灯を取り落としそうになった。

なにかが視ている。
何故かわからないがそう確信した。
叫びだしそうになったが、喉が干上がって声が出ない。

振り返ったいとこが、「どうしたの?」と俺に声をかける。

皆、何も感じないのだろうか?

『何でもない』

声が出ない代わりに何とか首を振って応え、俺はぎくしゃくと3人の後に続いた。
視線は背中に張り付いたままだ。

お願いです。
ごめんなさい。
見逃してください。
助けて、助けて、助けて。

正体のわからない誰かに心の中で謝り続けながら、俺は必死で歩きつづけた。

視線がやっと外れたのを感じたのは、小道の出口を曲がった時だった。
がくりと力が抜け、俺は滝のように汗を流しながらぜいぜいと喘いだ。
いとこや友達は最後まで何も感じなかったようで、不思議そうに俺を見ていた。

家に帰り着くと、ちょうど親父が風呂に入っていたので、着替えもタオルも持たないまま風呂場に直行して一緒に入った。
親父は一緒に風呂に入るのは久々だと暢気に喜んでいたが、その夜はとにかく一人になりたくなかったのだ。
眠る時も自室にいとこを呼んで寝た。

あくる日。
俺といとこは、家人のばたばたという慌てた足音で目を覚ました。
眠い眼をこすりながら部屋を出て、母親に訳をたずねると、近所に1人で住んでいた男が、自殺しているのが見つかったと言う。

「自殺って・・・どこで?」

恐る恐る尋ねた俺に、母親は顔を曇らせ、声を低くして言った。

「昨日の夜、ご両親のお墓の横の木で首を括ったのよ」

現場は昨日行った墓場だった。

俺は泣き叫んだ上に吐いた。
いとこは自分の親の部屋に駆け込んで号泣。
当然後で事情を聴かれ、2人揃って死ぬ程怒られた。

後で知ったことだが、その男はこの村に住んでいたある夫婦の息子で、東京の会社に就職して出て行ったが、慣れない都会暮らしがうまくいかず、仕事も行き詰まったために精神的に不安定になり、会社を辞めて村に帰ってきていた。

しかし、年老いた両親は程なくして亡くなってしまった。
近所の助け合いがよくある地域ではあったが、男は家に引きこもって周囲と交流を持つこともなく、ますます孤独になっていったという。
そして昨日、盆に両親の弔いを終えた男は、遂に孤独に耐え兼ねて自らの命を絶ったそうだ。

この件があって、いとこ一家は東京に帰る日程を早めることになり、翌日の朝早くに出発していった。
残された俺や友達2人は、しばらくの間男の祟りを本気で恐れて脅えていたが、小学校を卒業して引っ越して現在に至るまで、遂に何も起こることはなかった。
今後もどうかそうであってほしい。

だが、今にして思うことがひとつある。
あの時俺が感じた視線が、『既に死んだ人間』からのものであった場合と、すべてに絶望し、これから死を選ぼうとする『その時はまだ生きていた人間』のものであった場合、どちらのほうが本当に恐ろしいだろう、と。

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