モノノケの吹き溜まり

十年ほど前、美術系の大学に入学したての頃の話。

キャンパスが片田舎なので、同じ学科の仲良し3人で一軒家を借りることになった。
大学近所の不動産屋の紹介で、一軒家といっても、40年程前にご隠居用に建てた小さな平屋の3LDK。
ご隠居が亡くなってから15年経ち、私らが使ったあとは壊す予定なのでボロボロにしてもOK。
周囲は畑と雑木林に囲まれた野中の一軒家なので、真夜中に金属加工のためのトンカチを振るってもOK。

礼金敷金無しだったが、たったひとつ出された条件は4年契約一括払い・・・月1.5万円×48回で72万円。

3人の親の了承を取り付け、なけなしの金をかき集め、入居したのはゴールデンウィーク真っ只中。

で、一緒に住んでた面子は・・・。
私(A)・・・東京生まれの東京育ち。お菊人形みたいな五頭身地味顔チビ。
B・・・インド女優顔の長身スリム美女だが、茨城県出身で微妙に訛ってる。
C・・・黒髪長髪色白の和風美人。
ただし、一番ブッ飛んでいて、大型バイクを乗り回してハードロックが大好き。

一番最初に異変を感じたのはCちゃん。
持ち込んだバイク(GSX-R750とかいうやつ)を納屋で整備していたら、屋根の梁から音がする。

「鼠?猫?」と顔を上げると、能面のような白い顔の女が梁の上を行ったり来たり・・・。
「うわああ!」と大声を出して腰を抜かしていたら、いつの間にか消えたという・・・。

私とBが大声に気付いて駆けつけると、納屋の土間で尻餅をついたまま、呆然としているCを抱えて家に戻る。
「タヌキじゃないの?ハクビシンじゃないの?」と言うが、Cは絶対に違うという。

Cは「思い返してみれば、あれは深井か増女の面だと思う。高校の頃に能面の模写をしたこちがあるから間違いない」と。

第二の遭遇者はBちゃん。
夜22時頃、課題で使う工芸用粘土数kgを自転車でえっちらおっちら持って帰ってくると・・・玄関先に男が屹立している。
服装もなんだか古臭く、軍服のような感じ。

ご近所さんかな?と思って、「なにか御用でしょうか?」と声をかけると、ゆっくりと男が振り向く。
見ると・・・男の顔は、目鼻口の部分だけが真っ黒い穴のようになっている。

Bが「うひゃあ!」と驚いて自転車ごと倒れてしまうと、男もビクッとして雲散霧消・・・。
自転車が派手に倒れるガシャーンという音を聞きつけ、私とCが「どうしたの?」と駆けつけると、Bちゃんが顔面蒼白で「玄関先に男がいた・・・」と、散らばった粘土パックをかき集めていた。

その後、Cちゃんがネットに接続している調べたところ、「これだ!」と。
大日本帝国陸軍の南方の作業服みたいなものだった・・・

Cの件から3日と経たずにBの件、私だけ何も見てなかったのだが、ついに・・・23時頃、BとCのあとに風呂に入っていると、風呂の外から話し声が聞こえてくる。

BとCの二人で涼んでるのかな?と思っていて、何の気なしに聞き耳を立てると・・・声はBCのものではなく、老婆というか中年女というか、もっと歳のいった女の嗄れ声。
しかも、会話というより歌?横溝正史の映画で婆さんが歌ってたような・・・。
零感だと自負してた私は、近所の婆さんかなと、「どちら様ですか?」と湯船から声をかけたら、突如、「ウヒャヒャヒャヒャ!」と高笑いの声になった。

驚いて慌てた私が湯船から出ようとしたら、焦って滑って転んでドンガラガッシャーン!
その音でBとCが駆けつけてきたが、私は「声が、声が、外から声が・・・」としか説明できない。
Cがバイク整備用のスパナを片手に、風呂に面した外に出たが誰もいない。

その夜、三人で会議・・・。

C:「格安だったのは、こういうことだったのか?」
B:「だけど、4年分の家賃前払いしちゃったしなあ」
私:「それも計画のうちか。参ったね、これは」

とりあえず、変なものは見るけど、特に害はない。
これからは変なものを見ても気にしないように、が結論。

しばらくして5月の終わり頃、同じ学科の友人たちが女三人暮らしのうちに泊まりで遊びに来たいと言い出した。
野中の一軒家で、深夜にハードロックをガンガンかけても文句を言われない環境を見てみたい、と。

食料と酒は持ち寄りならいいよーとなって、男2人(ドライバー)、女4人が車2台で遊びに来た。
そのときは色々ありすぎだったので、箇条書きにすると・・・。

・クルマのトランクから荷物を運び込んでる最中、屋根の上にしがみつく白い着物の女を目撃する訪問客2人。

・夜は庭でBBQしたのだが、BBQの最中、雑木林からこちらを伺う男(多分、兵隊)を目撃する訪問客2人。

・訪問客のうち女子4人は私とBCの部屋に寝て、男子は居間で雑魚寝。
明け方に男子を覗きこむ老婆の霊・・・。

次の日、無口になった訪問客たちは朝食もそこそこに逃げるように帰った・・・。
次の週から、キャンパスに飛び交うのは、私達3人がお化け屋敷に住んでいるという噂・・・Bは、宗教系のサークルに勧誘に参っていたw

梅雨に入ると、BとCが悪夢を見るようになった。
大男が出てきて、「出て行け!」と叫びながら追いかけてくる夢とか、老人5人ほどに囲まれ、「なんで、おまえらがいるんだ」と説教される夢とか。

Cちゃんは、守り刀の代わりにバイク整備用のロングドライバーを枕元に置いて寝るようなり、Bちゃんは、「怖い怖い」と私の部屋で一緒に寝るようになり・・・これはやっぱり問題なんじゃないか、ということで、各々の家族に相談することになった。

Bの家族が懇意にしてるという地元の神様さん(霊能者?)に遠隔で視てもらうと、「その土地は、江戸時代、処刑場で云々・・・」(そんなことはない。二百年以上前から○○家の田畑)

Cの家族は「弱気だからつけこまれるんだ!」と、なぜか、リポビタンDをケースで送ってきたw
で、私が地元で内科医院をやってる父に電話で相談してみると、意外なことに父はバカにせず、全てを聞き届けた上で、こう言った。

父:「・・・その件は、兄さんに相談しろ。父さんにはよくわからない世界だから」

私には兄がいる。
兄と私は異母兄妹で、前妻の子が兄、前妻が亡くなってやってきた後妻の子が私。
6歳上の兄は中学卒業とともに、前妻さんの実家に跡継ぎとして養子に出され、以来、4年に1回ぐらいしか会わない。(私の誕生日祝い等のお祝いは律儀に贈ってくれる関係)

父は「いいから、詳しいことは兄さんに聞け。そういうのは俺は全然わからないけど、あいつは詳しい」と。

兄に今までのことをメールすると、一度、現地を見てみようということになったのが、梅雨の終わり頃。
梅雨明け宣言ほぼ同時に、兄がバイクでやってきてくれた。

ちなみに、兄の見た目は竹内力とかホタテマンみたいな感じ。
それがバイクで来るから、かなり怪しいw
敷地内にバイクで乗り込んできたと同時に、兄は「いやあ、こんなところによく住めるな」と大笑い。
どういう意味かと問うと、「ここは近所のモノノケの吹き溜まりになってるんだよ」と。

兄の説明によると、大昔、ここらは雑木林だったはずで、それを拓いて田畑にしたんだろう、と。
で・・・家の裏手にある雑木林が、それまで住んでたモノノケの最後の棲家で、おまえらが邪魔なんだよ、と。
なんで、そんなことがわかるのか?と問うと、兄は「なんとなくだな、なんとなく」で終了。

私とCと兄で、まず、第一の目撃現場である納屋へ行く。
兄は、納屋の隅の木箱を指差して一言。

「あれだよ、あれ。あれがムジナの棲家になってるんだ。今、ひょっこり顔出してこっち見てる」と。

「ムジナって何?」と問うと、動物霊の進化系みたいなもんだ。
「元々の正体は穴熊だな、こいつは」と。

その後、兄はフンフンと箱の中のムジナと会話した後、(私達には見えない)「ムジナの言い分はな、婆さんにこの箱を貰った。だから、ここで暮らしてたのに、おまえらが邪魔する、だってさ」と。

その時、その箱はCのバイクの整備用品が入っていたが、兄はその用品をどかすと、「じゃ、この箱くれてやるから、この家で騒ぐんじゃねぇぞ。また騒いだら、滅しちゃうからな」といい、そして、兄は私達に「一人一枚ずつタオルか毛布を持って来い」と。

私達が持ってくると、箱の中に放って、「これで約束成立だ。あと、Cちゃんも、ここに道具とか入れるな。この箱はムジナのものだから。これも約束だ」と。

「本当に?」と訝るCちゃん。

まあ、当たり前だよね。
便利に使ってた箱を没収されてるんだからw

「じゃ、約束成立の証しに、ちょっとおまえ、走り回ってみろ」と兄が言うと、頭上の梁にトコトコトコー!と音がする。
私が見上げても何も見えなかったが、Cはウワァ!と叫んだ。

C:「あ、あれ、あれ!でも、前と違う、お多福になってるよ!」
兄:「前は脅かそうとして怖い面にしたけど、今回は友好関係にあるから、形を変えたんだな」

家の中に入ると、兄は居間の真ん中に置いてあるちゃぶ台でお香を炊き始めた。
太くて短いお香。
私達が珍しいお香だと興味深げに見てると、「これね、チベッドのお香。うちの会社で扱ってるんだよ。天然もので白檀たっぷりだから、よく効くよ」と。

なんに効くんだろうと私達が訝しがってると、やがて、お香の煙がお風呂がある方へと流れ始めた。

兄はずんずんと風呂場に向かうと、「こんなところに住み着きやがって」と風呂の湯沸し器スペースに文句を言う。

兄いわく「狸霊の夫婦が、ここを棲家にしてるんだよ。おまえが聞いた老婆の歌はこいつらの文句だな」と。
兄はお香を片手に、湯沸し器スペースに怒鳴り始めた。

兄:「こんなところに住まれちゃ邪魔なんだよ、馬鹿夫婦!滅されたくなけりゃ、今すぐに出て行け!」

すると、今まで湯沸し器スペースに向かって流れていたお香の煙が、上に向かうようになった。

「はい、風呂場も終了、と」と兄が言いかけた時、天井裏からズルズルと音がする。
「お?こっちも出て行ったか。まあ、煙いもんなあ」と笑う兄。

どういうことかと問うと、湯沸し器スペースの狸の霊夫婦以外に、天井裏には大蛇の霊がいた、と。
「お客さんが視たっていう屋根の上の白い女ってのが、あの蛇霊だね。さて、全員、居間に集めて」と兄。

「まず、誰か一人でも家にいる時は、このお香を絶やさないこと。それで動物霊は入れない」・・・と、ちゃぶ台の上に白檀のお香の箱を置く。
寝る時用として、巻いてあるお香も・・・。
私とBC快諾。

兄:「もうひとつ。週に1回だけでいいから、裏の雑木林に、肉とかソーセージと、日本酒をコップ一杯あげて」

兄:「これは、元々この土地に住んでたモノノケへのプレゼントだから。それだけで奴らは納得する」

兄:「あと、夜中にあんまり大きな音でロックとかかけるな。あいつら、お祭りと勘違いして集まってるんだよ」

兄:「音楽をかけてもいいけど、夜はあいつらの時間だから、おまえらもそれなりに遠慮しろ」

これにはハードロック好きのCが不服そうだったが、兄が「君、因縁持ちだから、特に気をつけて」と。

「だって、君、碌な男が寄ってこないでしょ?どんな男も、君と付き合うとダメ男になるはず」と兄。

するとCがポロポロ泣き始めた。
「今まで3人の男と付き合ったが、みんな、ストーカー化した」と。

兄は「それはね、君に刻まれた因縁だから、君が男を見る目を養うしかないよ」と優しく微笑んだ。

これでCも納得してくれた。
私とBはよくわかんなかったんだけどw

兄:「最大の問題だけど、これは君たちが、大家と話し合わなくちゃいけない」

兄いわく、「この隠居家屋には、仏壇があった。隠居の婆さんがちゃんと供養していたんだけど、その婆さんが死んで、仏壇を引き上げた時に、きちんとした手順を踏んでいない。だから、仏壇で拝んでもらってたご先祖の何人かが、今でもこっちに帰ってきてしまっている」と。

さらに「男子を覗きこんだろうば、玄関でCが視た兵隊がその先祖。兵隊は婆さんの弟じゃないかな。大家に話してくれ」と。

その大家との話し合いが終わったら、また兄はやってくる、と。
兄はBとC相手に酒盛りしたあと、一晩泊まって帰っていった。(私は下戸w)

後日、私とBCの三人で大家のところへ行き、仏壇の件を説明したら、奥さんが「ああ!」と叫んだ。

あの家は、お婆さんの死後、何人かに貸したが、みんな3ヶ月もしないうちに引き払う。
で・・・住んでいた人が出て行く時、必ず、兵隊姿の霊を視たと言っていた、と。

急いで菩提寺に電話をして調べて貰うと、たしかに南方戦線で戦死した婆さんの弟がいる、と。
仏壇も、家族で移動させて、魂抜きもしていなかった、と全てが兄の言う通り。
旦那さんは渋っていたが、奥さんが「すぐに供養をして貰います、教えてくださってありがとう」と。(あとで不動産屋に聞いたが、旦那さんは婿養子で、長女の奥さんが継いでいるとのこと)

後に、夏のお盆に、いつもより盛大なご供養を菩提寺でやったとの連絡が大家からきた。
すると、今まで起きていた怪現象も悪夢もぴったり止まった。

夏の終わり、兄が今度は車でやってきた。
車のトランクには、布袋にぎっしり詰まった水晶のさざれ。

「うちがネパールで仕入れてる水晶さざれ。安いけど、効果抜群なんだよ」・・・と、親指大の水晶さざれを、家の東西南北四方に穴を掘って、水晶を10kgぐらいずつ埋めていく。
そして、家の中央に位置する居間の一角に、高さ80cmほどある巨大な水晶を設置。

兄:「さっきのさざれは、そのまんま放っておいて。この水晶は、君たちがここを引き払うときに回収していくけどね」

ヒマラヤの水晶で重さは12kg。
うっすらと茶色のでかい水晶で、見るからに神々しい。
Bちゃんがすっかり魅入られて、「これ、買うとおいくらぐらいなんですか?」と問うと、「卸価格で20万円かな。小売で50万円はくだらないねえ」と。

3年半して私達が引き払うまで、本当に怪現象は起きませんでした。
裏の雑木林にお供え?を忘れると、台所の窓にトントン!という催促はありましたがw

あと、2年時に、お香を絶やした時、天井裏にズルズル!と音がした時は、急いで兄に連絡したり、とかw

もうひとつ、居間の水晶の副作用?で、寝るのが早くなったのには、ちょっと困ったかな。
特に宵っ張りだったCちゃんが、夜中23時くらいになるとコテンと寝てしまうw
その水晶は、家を明け渡す際、兄が持ち帰りましたが、BとCには2kgぐらいのヒマラヤ水晶を贈ってました。

卒業後、Cは兄に本気で惚れたようでアタックしていましたが・・・なんだかんだで振られたようですw

身内に、まさかの霊能者がいるとは思わなかったけど、兄の「なんとなくだよ」と言った時の表情は、なんとも言えぬ不思議さでした。

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