取り残された友人

カテゴリー「心霊・幽霊」

この話が怪談になるのかどうかは、皆様の判断にお任せします。
ただ、シャレにならない話です。

私が中学生の時ですから、もう、随分前の話です。
私の剣道の先輩はK大学におりました。
赤いセリカを中古で手に入れ、部の仲間二人誘いドライブと洒落込みました。
大阪から山越えして日本海へ、そしてUターン。
近道をしようと、幹線道路から山道へ入ったところ、きっちり迷子になりました。

陽は暮れかかり、少々慌て気味で道を捜していたところ、若い女性に出会いました。
白いスーツにパンプスという出で立ちで、人家もない山奥の道路にいるような姿ではありません。
その女性は手を上げて、止まってくれという身振りをしています。

先輩達が車を止めたところ、「町まで乗せて下さい」と言ったそうです。
「こんな山の中でどうしたんです」と尋ねると「ちょっと・・・」と口を濁します。

先輩は彼氏とドライブに来て喧嘩でもしたのだろうと考えました。
町までの道も知っているというので、車に乗せました。

美人だったし、道も知ってる。
ラッキーだと思ったそうです。

まぁ、若い男としては当たり前の反応かもしれません。

女性を後部座席に乗せたことで、車内は華やかになりました。
一時的なものでしたが・・・。

後部座席に座っていた先輩の友人は、話題も豊富で3人の中では一番女性にもてる人でした。
その女の人は無口でしたが、決して陰気ではありませんでした。
ジョークにはほほ笑みを浮かべ、話に頷きながら的確に道を指示します。
ところがです、十分も走らぬうちに、先輩はこれまで体験したことのない恐怖に襲われました。

ひざが震えてアクセルさえまともに踏めない状態だったといいます。

なにに恐怖したのか?
件の女性です。

別に化ける訳ではありません。
ミラーに映らないのでもありません。

それでも、先輩はその女性が人間ではないと確信したそうです。
その女性がそこにいる。

ただそれだけのことに、屈強な武道家であるにもかかわらず、先輩は恐怖したのです。
恐怖したのは先輩だけではありません。
二人の仲間も恐怖に俯き、身じろぎもしません。
車内には道を指示する女性の声のみ響きます。

「そこを右」

「そのまま真っすぐ」

「そこを左」

山の日は暮れるのが早いものです。
暗闇の中、先輩はハンドルにしがみつき、恐怖に耐えながら、ただ前を見詰めて運転しました。
今、その女性の姿を見たら気が狂うと思ったそうです。

ハンドルを左に切った時、先輩は助手席の友人と目が合いました。
お互いに恐怖に歪んだ顔を認めた瞬間、二人は悲鳴を上げました。

先輩は急ブレーキを踏み、ドアを開け、真っ暗な山の中を助手席の友人と一緒に逃げました。
もう走れないというところで、二人は止まり、荒い息をつきながら言いました。

「あれはなんだったんだ?」

そして、気付いたのです。
一人足りないことに・・・。

ツードアの車の後部座席に座れば、降りるには、前の座席を倒さねばなりません。
後部座席の友人は逃げられなかったのです。

見捨てるわけにはいきません。
先輩は脅えながらも車に戻りました。
暗闇の中、ヘッドランプとルームランプの点いた車はUFOのようだったといいます.
車の中には友人が一人残っていました。

助手席のシートが倒れていたそうですから、件の女性は車を降りて、明かりもない山中に姿を消したことになります。
先輩はおそるおそる車に近付きました。

車からは奇妙な声がします。
「おい、大丈夫か」と声をかけた先輩は見ました。

残された友人は大股を広げて失禁し、ぐったりとシートにもたれていました。
友人は泡を吹き、体を小刻みに震わせて「オオッ、オオッー」と獣のように唸っているのです。
この人は入院しました。

正気に戻っても魂が抜けたようになってしまいました。

ドライブに行った事も覚えていませんでした。
私もお見舞いに行ったのですが、「君は誰だ」と言われた時は本気で泣きました。

この人は牛若丸と言われる程、機敏な剣道をする人でした。
そんな人が一晩で別人になったのです。
私は今でもツードアの車には乗りたくありません。

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