親父の代に、そこはたいそう豊かな山だった。
木は真っ直ぐに形良く伸び、春には山菜、秋には茸がどっさり採れた。
日当たりや土質は周囲の土地と変わるところはなかったが、一つだけ異なる点があった。
真ん中に小さな祠があり、中に真っ黒な石が据えられている。
どちらかと云えば無精者の親父だったが、その祠の手入れだけは欠かしたことがなかった。
妙ではあったが、特に悪い事とも思えず、そんなものかと思っていた。
親父は今際の際にも「あの祠を大切に守れ」と言い残して死んだ。
四十九日が過ぎた頃、夢枕に親父が立った。
大層やつれた風情でこんなことを言う。
「すぐに祠のある山の木を切れ。その後は決して立ち入ってはならん」
翌日から山の木を伐採し、売り払った。
随分と儲かったが、夢のお告げ通り伐採跡には何も植えず、入山禁止とした。
ある時、その山を売ってくれという話があった。
そのためには改めて山を検分する必要がある。
親父が死んで既に二十数年、平穏な日々を過ごして来た。
『・・・もう良いか』
正直そんな思いもあり、代理人と一緒に山を見に行くことにした。
二十年以上放置された山の際面はツルやツタ、野バラなどか絡まり合っていた。
まるで侵入を阻む壁のように、中を覗くことも出来ない。
手近なツルを掴んで鎌の刃を当てた。
「阿呆!」
耳もとで怒鳴り声が聞こえた。
久しぶりに聞く親父の声。
思わず辺りを見回した。
「うわあああ!」
同行していた男の悲鳴が聞こえた。
指差す方を見ると、ツルの切断面から真っ赤な液体がまるで血のように滴り落ちている。
二人して屋敷に逃げ帰り、売却の話はそれっきりとなった。
山は改めて入山禁止とし、以後、家のものは誰も近寄らなかった。