しがみつく赤ん坊

カテゴリー「心霊・幽霊」

農家ばっかりの集落に住んでる。

普段は俺の仕事帰りの21時頃になると人通りなんかまったくない。
ただ、その夜は市の花火大会があったからか、浴衣を着た家族連れとよくすれ違った。
だから遠目で街灯の下に誰かが立っているのを見つけたとき、おかしいとは思わなかった。

赤ん坊を抱いた若い男。
遠目にそう見えた。
若者らしいちょっと猫背の、力のこもってないだらっとした立ち姿。

赤ん坊を抱っこしてるにしては両腕もだらんと体の横にたらしてる。
そこで初めて違和感を感じた。

赤ちゃんが抱っこ紐にくるまってるなら違和感なんて感じなかっただろう。
でも違った。

赤ちゃんの体が見えてた。
肌色のハゲた後頭部も背中もぷくぷくのお尻も、輪ゴムをつけたみたいなむちむちの手足も。

赤ちゃんは丸裸だった。
丸裸の赤ちゃんが、父親の胸にしがみついていた。
自力で・・・。

何やってんだこの父親!?と思ってあわてて駆け寄った。

虐待って言葉が頭に浮かんだ。
夏だからって真っ裸はない。
それにまだ生後半年程度にしか見えない赤ちゃんが、その高さから落っこちでもしたら無傷ではすまないだろう。

大声でとがめだてしたせいか、父親がびっくりした顔でこっちを見た。
何をとがめられたのかわかってないみたいだった。

ちゃんと抱っこするように言っても反応しない。
虫に刺されるから何かでくるんでやれ、と言っても???って顔をするだけ。

きわめつけに、俺のことを気味悪そうにうかがって「赤ん坊って何のことですか」と聞いてきた。

何ってその子のことだろうが!と指さそうとして、ぎくりとした。
赤ん坊がこっちを向いていた。
大きな目が、思慮深そうに俺を見つめている。

可愛い。

そう思ったとたん、赤ん坊はこくりとうなずくようなしぐさをした。

小さな小さなお手々が、こちらに伸びてきた。
片手と両足は父親のTシャツをぎりぎりと握ったままだ。

俺はなぜか動けず、赤ん坊がすることを見守っていた。
小さな手は、やがてがしりと俺の手をつかんだ。

その直後の数秒間の記憶がない。
気が付いたら、若い父親が困った顔で立ちつくしていた。
その胸に赤ん坊の姿はない。

手をつかまれたときに落としでもしたのか、とあせって周辺を見たが何もなかった。

まさかこいつ、どこかに放り投げたのではと思って、赤ん坊をどこへやったと父親に詰め寄っても、父親はびくびくしながら「赤ん坊なんて初めからいない」と言うだけ。

そんなはずはない。
手にはつかまれたときの体温の高いぷにぷにした手のひらの感触が残っている。
それに父親のTシャツのシワには、にぎりしめた小さな指のあとが見てとれた。

その後側溝を探したが姿は見えず。

警察も呼んだが、若い父親がご近所の実家に帰省中の大学生だとわかり、彼は未婚で実家に小さな子供もいないとわかった。

最終的に赤ん坊を見たと主張しているのが俺一人ということで、俺の見間違いということになった。

しっかり起きていたし視力も悪くないし見間違いなんて信じられない。

実は事件だったとしても、一応通報はしたし俺に責任はないと思いたいんだけど・・・。

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