その日から右手が死んだ

俺の地元には「白い手」っていう怪談があった。

小中学校のころは周りみんな知ってたからかなりポピュラーな話だと思ってたんだが、
大学(実家からチャリで30分くらいの距離)の友達は誰も知らなかった。
かなり限定的な地域でだけ有名な話だったみたいだ。

どういう話かというと「白い手」は月の明るい夜(満月とか何とかは関係なく、ただ明るければいい)にしか現れない怪異で、明るい月に照らされて影になった部分、つまり夜の闇がさらに濃くなった部分から白くて細い手が伸びてくるというもの・・・。
その手に掴まれると生命を吸われるとか死ぬとか、そんな話だった。

ありがちなおまけとして、これを退けるための呪文みたいのもあったんだが、それもすっかり忘れてしまった。

と、ここまでが前置き。
こっから先は俺が高校一年生の時に体験した話。

夏、俺が所属していた部活の三年生の五郎先輩(仮名)の発案で夏みかん狩り&合宿をしよう!という話になった。
なんでも五郎先輩の実家が離島(って言っても近くの港からフェリーでたった10分のとこ)でみかん農家やっているそうで、家も広いので部の全員で行っても泊まる場所の心配はない、だからみんなで遊びに来い、っていうことだった。

さらにみかん狩りについては、質の良いものはすでに収穫した後であり、残っているのは言わばB級品なので、売っても二束三文にしかならない。
だから収穫した分はただで好きなだけ持って帰って構わない、という太っ腹な話だった。
すぐに連絡が回され、結局部内の15人くらいが参加することになった。

当日昼、俺たちは大いにみかん狩りを楽しみ、持ちきれないほどの量を収穫した。
五郎先輩の家よりも農園のほうが港に近かったため、戦利品は翌日帰る前に分配して持ち帰ることにし、今日のところはかごに入れたままその場に置いて帰ろう、ということになった。

そして夜。
夕食の際、俺たちは思い出した。
昼間たくさん収穫した中に、頼まれて五郎先輩宅のために獲った分も大量にあったということをそれじゃあついでに、というノリで、二人組で家から農園に行ってみかんを取って帰ってくるという、なんとも成り行き任せの肝試し大会が開催されることになった。

俺は三年生の藍先輩(仮名)とペアを組むことになり、スーパーのビニール袋を2枚持って出発した。

肝試しとはいうものの、田舎だから月や星はきれいだし、割とかわいい女子と2人きりだし、はっきり言って全く怖くなかった。
というか夜のデートみたいで、純朴な少年にとってはすごく楽しかった。

お互いテンション高めで取るに足らない話をしながら農園まで歩き、みかんを袋に詰めた。
藍先輩は1つ持つと言ったが、そこはかっこつけたい盛りの童貞なので、二つとも俺が持った。

帰り道も楽しく話しながら歩いた。
両手に下げた袋は少し重かったが、苦にはならなかった。

ふと会話が途切れたとき、俺はなんとなく空に目をやり、いつもより妙に明るい月を見ながら歩いていた。

そのとき、少し後ろを歩いていた藍先輩が突然叫び声を上げた。

俺が驚いて振り返ったのと同時に、どさっとビニール袋が地面に落ち、転がるみかんが足にぶつかった。

俺はそのとき、何かに驚いた藍先輩がみかんの入った袋を取り落としたんだろうと思った。

しかし、すぐにそんなはずはないと気付く。
袋は両方とも俺が持っているのだ。

視線を落とすと、俺が右手に持っていた袋が地面に落ちてるのだと分かった。
手を開いたという意識は全くない。
まるで袋が手をすり抜けて落ちていったかのようだった。

俺は落としてしまった気恥ずかしさから、先程の叫び声のことも忘れ、照れ笑いしながら散らばったみかんを袋に集めた。

袋を確認したが、取っ手が切れたり、穴が開いたありしているわけではないようだった。

不思議に思いながらも改めて両手にしっかりと袋を持った俺は、待たせてしまったことを藍先輩に詫び、歩き出そうとした。

しかし、その時に怯えた様子に気付き、俺はやっと藍先輩が何か幽霊的なものを目撃したのかもしれないと思い至った。

俺はそのことについて尋ねたが藍先輩はそれに答えず、もう家まであと少しだから急ごう、と言って俺の腕を引っ張った。

そのまま早足で俺たちは五郎先輩の家に帰り着き、肝試しは(表向き)何も起こらないまま終了。
その夜はみんなで夜更かしして遊んだが、結局藍先輩からは何も教えてもらえなかった。
というかその夜は俺のことをあからさまに避けているようだった。

翌日、昼過ぎに俺たちは帰りのフェリーに乗った。
海を見ながらぼーっとしていると、ふいに右の二の腕を掴まれた。
振り向くと、藍先輩が自分で掴んだ俺の腕を見ながら「大丈夫なの?」と聞いてきた。

何の事だか分からずに困惑していると、先輩は少し間を置いてから、前日の夜見たもののことを話してくれた。

あのとき、俺が右手に持っていたビニール袋の中から、白く細い手がすうっと現れたのだそうだ。
突然のことに声も出せないでいると、その手が俺の腕を掴んだ。
これはヤバい!と思い、俺への注意喚起だか手への脅しだか、自分でもよく分からないがとにかく大きな声を出した。

すると俺が袋を落とし、袋と一緒に地面に落ちた白い手は、出てきた時と同じように滑るように袋の中へ戻ったという。
俺は落ちた袋を見たときも、散らばったみかんを拾い集めたときも、そんなものは見なかった。

とても信じられないと思ったが、藍先輩の目が真剣だったため、笑い飛ばすこともできず、だからと言って半信半疑な気持ちを取り繕うこともできず、我ながら何とも微妙なリアクションで何ともないと伝えた。

その後、その日からほんの数日で俺の右手(特に肘から下)の筋力がみるみる落ちていった。
あからさまに肉が落ち、指には力が入らないばかりか、指によって曲がらなかったり伸びなかったりする。

俺は右利きだが、右手で重いものを持ったりボールを投げたりすることは困難になった。
箸でものを食べることやペンで字を書くことはなんとかできるが、正しい持ち方はできない。
もちろん病院には何軒か通ったが、結局診療費がかさんだだけで原因は分からなかった。

あの日藍先輩が話してくれたことが本当かどうかは分からない。
先輩が大声で追い払ってくれたから、俺は死なずにすんだんだろうか。

あれから20年経つが、右手の機能はあのときのまま回復していない。

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