夕暮れ時。
林道をMTBで爆走し、小さな湖のほとりで休憩していた。
日没に赤く染まった湖面を眺めていると、妙なものが目に入った。
水際に、黒い蓮の葉のようなものが浮いている。
(黒い蓮の葉なんてあるのか?サイズもアマゾンの大蓮なみに大きいし・・・)
そんなことを考えながら水を飲んでいた。
と―――蓮の中央がゆっくりと盛り上がる。
最初は耳。
次に鼻。
口・・・。
長い黒髪の女が水面から姿を現した。
肝を潰して自転車に飛び乗った。
全速力で来た道を下る。
麓の駐車場に着いた。
一息つく間もなくキャリアに自転車を積み込む。
ふと、下ってきた道の入口に目をやった。
全身が凍りつく。
さっきの女がこっちを見ていた。
こんな時間で追いつけるハズがないのに・・・。
青白い顔に、そこだけが紅い唇を少し開け、ゆっくりと近づいてくる。
車に乗り込み、猛然とスタートさせた。
国道に出るまで、バックミラーは一度も見なかった。
自宅にたどり着いても震えが止まらなかった。
自転車を玄関から放り込んで鍵を掛ける。
そのまま、友人の家に転がり込んだ。
翌日の昼、友人と一緒に自宅に戻った。
鍵を開けて中の様子を伺ったが、妙な気配は無い。
玄関に放り出しておいた自転車を仕舞おうとしゃがみ込んだ。
前輪のスポークとサスペンションに、長い黒髪が絡みついていた。