愛知県伊良子岬にあった旧陸軍の射場の話。
そこには連絡用のトロッコが敷設され、射爆場の監的壕と要塞砲の連絡を行っていた。
ある日のこと、一トン爆弾用の新型爆薬のテストが行われることになり、板橋から火工長がやってきた。
指揮所にて最終確認を受け、監的壕の前に設置された爆弾に向けて火工長以下5名の作業員がトロッコに乗って出発した。
火工長は軍服を着ており、残りは作業服に麦わら帽という出で立ちだった。
遅れて、見学者を乗せたトロッコが出発した。
そのトロッコが走っていたとき、突然レールに稲妻のような閃光が走り、試験用の爆弾が爆発した。
勿論、先に出発した火工長と作業員は粉微塵になって吹っ飛んだ。
しかし、作業員の遺体の一部はあちこちにあるのに、火工長の遺体だけが存在しない。
捜索隊は必死になって探した。
ふとコンクリートの壁に目をやると、人間の形をした影が浮き上がってきている。
コンクリートの合わせ目に、軍服の生地のような糸屑が霜降りの如く細く一面に挟まり込んでいた。
火工長は、爆風で吹き飛ばされた拍子に肉体と軍服を壁に圧入されてしまったのだ。
その肉体に込められた脂血が時間の経過と共に化学変化を起こし、浸みだしてきていたのである。
事故処理班が軍服のなれの果ての糸屑をピンセットで取り出し、人型を拭い去った。
しかし、翌日早朝、事故処理班が現場に行くと、また人型が浸みだしている。
このままでは士気に影響すると考えた処理班長は、壁を擦り続けた。
それでも、人型は怨念のように翌日には現れている。
逆上した処理班長は自らセメントを塗りたくった。
ところが、また人型が滲み出ていたと言う。
ついにたまりかね、タガネでコンクリートを片端から削り取り、分厚くセメントを塗ることで漸く人型は滲み出なくなったという。