昔、趣味の一つである釣りによく行った時の話。
海釣りと言っても沖の方に出るのではなく、磯や岩場で釣る。
その日も朝早くから支度をして車で出かけた。
今回選んだ場所は、地元の釣り好きから穴場として知られる岩場で、良く釣れるということで知る人ぞ知るスポットだ。
その岩場はかなり高さがあって、海面まではほぼ垂直の岩肌が続いている。
岩肌は海面に触れたところから、スッと消えるように海の底まで伸びていて、ここからでは海底を見る事は出来ず、水深はかなり深いと思われる。
その日は平日ということもあって、人はほとんどいなかったんだが、調子が上がらずに今日は早めに引き上げようと思った。
午後、日が暮れる直前になり、そろそろ帰ろうかと思っていると、水面下に黒い大きな影が現れた。
はじめは日が暮れてきたので、何かの影だろう?と思っていたが、どうやらイカか何かの大群である事に気づいた。
こんな所にイカの群れ?
そうと思いながら、なんとなく釣り糸をその群れの方に垂らしてみた。
すると、数秒もしないうちに、すぐに食いついてきた!
驚く間もなく、急いでリールを巻くと、かなりの力で引っ張られる。
もしかしたら大物が紛れ込んでいたのかも知れない!!
そうと思い、慎重にリールを巻いていく。
不規則な感覚でやけに強い力で引っ張られるので不思議に思った。
こんな感覚は初めてだ・・・。
なかなか引き上げる事が出来ないので、まずは体力を奪おうと思い、竿を岩の間に固定することにし、様子を見るために、そのイカの群れの方を近くで覗いてみた。
しかし、よく見ると・・・それはイカではなかった。
無数の人の手が糸にしがみつき、必死に水面へ上がって来ようとしていた・・・。
その光景はまるで、地獄から這い上がろうとする沢山の怨霊が、天から垂らされた糸を奪い合っているような状態だった。
ふと気付くと、全身を使って糸にしがみつき、こちらを睨み付ける男と目が合った!
身動きが取れずに、ただ絶句していると、苦しそうな顔、悔しそうな顔、怒りに満ち溢れたいくつもの顔がこちらを見ていた。
と、その時!
バキッ!!!!!!!!!!!!!!
大きな音を立てて、岩に固定していた竿がはずれ、その反動で海へ落ちていった。
落ちた竿は一瞬で海に飲み込まれて見えなくなった・・・。
あの霊は登って来ようとしていたのではなく、海に引きずりこもうとしていたかもしれない。
後で教えてもらったことだが、その崖は、自殺の名所として有名な場所だったらしく・・・。
それから釣りが嫌いになった・・・。