あの世でも楽になれないじいちゃん

カテゴリー「心霊・幽霊」

こないだじいちゃんの法事で思い出したから書く。

中学生1年の時、じいちゃんが死んだ。
76歳だったかな?
とくに痴呆でも寝たきりでもなく、ギリギリまで元気なじいちゃんだった。
うちの地元は盆地状に広がる小さな田舎町で、じいちゃんの家は山を少し登ったとこにある。
俺と両親は町場のほうに新しい家に住んでて、じいちゃんは一人暮らし。

いざ通夜をやるって段になっても、家までの道がよろしくないのでお寺でやることになった。
盆地の真ん中あたりにある、高台の大きなお寺檀家数も多い、立て直したばかりの寺だった。
じいちゃんの入った棺を本堂の脇にある広い和室へ運び、通夜まで預かってくれることになった。

うちの両親や親戚何人かで一緒に泊まることになり、料理頼んで昔話して、お酒の入った親戚はもう雑魚寝ムード。

俺はすることないからお寺を探検してた。
本堂の隣の和室ゾーンに台所や物置やトイレがあり、廊下の端に扉を隔てて向こう側が住職さんの居住スペース。
和室まわりのトイレはひとつだけで、「こちら側のトイレも使ってかまいません」、と住職さんに言われていた。

俺はトイレ使ったついでにちょっと見て回った。
和室からの扉を抜けると同じような廊下が続いてて、左手に住職さんの使うトイレ。
その向かいに本棚が備え付けてある壁に埋め込まれた、天井まである本棚。
分厚い辞典とか、仏教関係の難しい本に混じって、一部日本庭園の写真集や、京都の寺めぐりの本なんかがある。
そういう俗っぽい本を選んで暇つぶしに立ち読みさせてもらってた。

普段と違う雰囲気で興奮してるのか、寝付けないので長いこと座り込んで読んでた。
それから親戚連中も、住職さんも全員寝てるな、って時間に「シュルシュル」と音がした。
親戚連中が寝てる和室ゾーンの方向から聞こえる。
本から顔をあげてふっとそっちを見てみた。

廊下の途中にある引き戸の扉がすぐ近くにあって、そこの向こうから聞こえる。
その扉はつまみをくるっと回すと、鍵がかかる簡易的なもので、防犯用か、後から付けた物だ。
真ん中にマンションとかにある魚眼レンズがついてて、そこから向こう側の灯りが漏れてる。

立派なものではなく、ごくごく簡易的な覗き穴で、どちらからも向こうが見える。
まだ音が「シュルシュル」してるから、立ち上がってそこを覗いてみた。

穴からまっすぐ廊下が続いてて、そこの突き当たりに本堂に入る襖がある。
そこに向かって着物を着た女性がゆっくり歩いて行ってる。
親戚はまだみんな普段着だから、誰だか一瞬では分からなかった。

お寺の関係の人か?それとも遅れて到着したじいちゃんの知人か?
遠ざかっていく背中から、小柄で背の小さな上品なおばさんを連想した。
髪は腰くらいまであって、足首だけを動かして床を舐めるようにするすると歩いている。

それで畳とこすれて「シュルシュル」と言ってたわけだ。
俺が出て行って挨拶したほうがいいのかな、両親は起きてないのかな、と覗いてると女性が立ち止まった。

本堂に入る襖の前で、開けもせずじっと立ち止まった。
覗き穴から見た風景だと、少し丸く歪んでいて奥行きがあり、よく状況が分からない。
腰を曲げて屈みなおし、覗いてみると女性がくるっと振り返り、こっちに向かってまた歩き出した。

その時あれ?と思った。
着物が上の方は茶色っぽく、足元は白いちょうどグラデーションっぽい感じで品がいいなと思った。
それが正面から見ると、そのイメージが吹き飛んだ。

着物の胸のあたりがなんだか変な模様なんだ帯も後ろは白かったのに、前は着物と同じ茶色。
髪も腰まである清楚なロングヘアーだと思ったら、前髪は目が隠れるくらいぼさっとした感じ。
廊下は割と明るいからこっちに向かってくるにつれて段々ディテールがはっきりしてくる。

本堂と自分の見てる扉の中間くらいに女性が来た時に、「これは普通の人じゃない!」、と確信した。
着物の茶色はなにか汚物を撒いたみたいに汚れてる状態で、それがお腹くらいまで着物に染み込んでる。

髪はぼさぼさで、寝起きみたいに振り乱してる。
何より唇が真っ白で、着物の袂から覗く両手が冗談じゃなく青い。
死体が歩いてるのかとマジで思った。

その女性が速度を変えず「シュルシュル」とこっちに向かってくる。
どうしよう、逃げるべきか、誰か呼ぶべきか・・・。
それほど長い時間でもないのに恐ろしいくらい脳がフル回転した。

でも不思議とこの扉を開けてどうこう、って選択肢は絶対選ばない。
女性が近づいてきて前髪の間から視線が分かるかな、くらいの距離で俺は顔を上げた。
よく考えたら向こうからもこっちが見えるのだ、まして扉を開けられたら無防備な状態。

気配を悟られないように、そっと指で穴を塞いで、引き戸を開かないように押さえつけた。

「頼むから開けないでくれ、俺は絶対ここを動かないぞ」、と息を止めた。

すると、女性の足音が止まって、扉の前で立ち止まってる気配が伝わってくる。

いま覗き込んでたら嫌だな、と穴を塞いでる左手の人差し指に意識を持って行ったとたん、右手にぐっと力が入った。
女性が扉に手をかけたっぽい。

やべえ、と思って力をいれなおし、ぐっと扉を押さえつける!

女性は扉を開けようと力をいれてくる。
開ける、開けない、の押し問答をひたすら続けてると、扉から音がする。

バサ、とかザラ、とか扉に何か当たってる。

そろそろ右手だけで抑えるのもキツいので覗き穴から左手を離し、両手で押さえると、覗き穴で黒いものがチラチラと見える髪が扉に当たってるんだ、と思った。

女性が頭を振り回しながら扉を開けようと食らいついてる。
それで髪が扉に当たってバサバサと音を立ててる・・・。

「冗談じゃねえ、絶対開けるもんか!」と声が出そうなくらい扉を押さえつけた。

体感時間では15分か30分くらいだったけど、前のめりに扉を押さえてると後ろから声をかけられた。
住職さんが「開きませんか?」と様子を見に来た。

寝てたはずなのに衣をきちんと着てて、手にはタオルを何枚か抱えてる。
扉押さえたまま「あえ?」とか訳の分からん返事をしたら住職さんはすっと扉に近づいて引いた。
慌てて俺が扉から離れると、誰もいない電気の点きっぱなしの廊下が続いてた。

「鍵が壊れてるのかな、立て付けは悪くないのだけれど」とか住職さんが言いながら、和室側のトイレにタオルを交換に行った。

俺は呆然と立ち尽くして廊下を眺めるけど、鳥の声がチュンチュンしてて「あれ、もう朝だったのか」と思った。

起きていた親戚に聞いても夜中は誰も来なかったと言われた。
お寺の奥さんは髪が肩より短いし、ましてや綺麗な色白の人。
あれは誰だったんだろ、やっぱり人間じゃないのかな、と一日中ぐるぐる考えてた。

通夜が終わって、一旦住んでる家に戻り、明日の準備を済ませて親戚とご飯を食べた。
お寺にいるじいちゃんのほうには、じいちゃんの兄弟が行ってくれてて、交代で泊まるらしい。
全然寝てないから食事もそこそこに、自分の布団で寝ようと思ったら、じいちゃんの弟が酒飲みながらぼそっと語った。

「あいつは昔からよくモテて、色んなところで女を作っては泣かせてた。先に逝った奥さんも苦労してた。若い頃に遠くで作った女がここに押しかけてきて、修羅場になったことがある。結局山の中で自殺して、身元が見つからんからこっちで墓作って埋めたんだ」とか言ってた。

それ聞いてなんとなく「じいちゃん死んでからも大変だな」と気が重くなった。

10年くらい前の地元での話。

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